第140話 ナムダリとアブタイ

 夏が過ぎ日毎に肌寒くなっていた。幸田家ではお末が再び身籠っている。また織田信孝も側室が男子を産み天千代と名付けられた。天丸、時丸、静姫、高丸、冬姫に続く第六子だ。


 天丸は竹子との間に出来たが、他は側室が産んでいる。時丸と冬姫、静姫と高丸そして天千代。2人の側室が産み分けているが、この時代としては極めて順調だ。


 このまま行けば、沿海州、シベリア、台湾、新亜州(アメリカ大陸)、アフリカ、豪州あたりにも織田家が必要な可能性もあり、まだまだ足りない。


 家康の娘である督姫はまだ子作りは早いと幸田広之は判断しているため、今年新たな側室を迎えた。これで4人目だ。


 普通なら養子の三法師は廃されてもおかしくはない。しかし織田信長と織田信忠が亡くなったあと正式に織田家の家督を継いでおり、信孝の養子となった後も維持されていた。


 ある意味での二元政治といえる。幕府は信孝、織田家は三法師。そうはいっても三法師はまだ子供であるため信孝が織田家当主の代理を果たしていた。


 織田家の直臣は三法師を殿と呼び、信孝は上様と使い分けている。幕府の行事では将軍嫡男および織田家当主として参加。


 一方、幸田においては、末の懐妊が確実となったタイミングで五徳から新たな側室として、お菊が指名された。末の室女中だが申し分なしと五徳のお墨付きである。


 広之は戦国時代の体格、栄養状態、医療体制を考えれば、3人までと考えていた。女子が続く可能性を考えた上での事である。個人の感情より、御家第一だ。


 仙千代は幸田孝之の養子が確定しているので、まだ男子が何人か必要と考えている。もっとも側室として狙っているのは姪の初であるが、流石に広之を説得しきれないと諦めていた。


 そんな幸田家にまたしても新たな家族が増えようとしている。


 幸田孝之から丹羽長秀たちの動向が届き、諸大名はその話でもちきりだ。従軍絵師が描いた絵を基くにしたウラ軍との合戦は版画となり売り出されたが爆発的な売上となった。


 空前の大陸ブームとなっていたが、そんな最中にナムダリ (納穆達里。次男)とアブタイ(阿布泰)を含むウラ国の10名は大坂へ到着したのである。


 一行は見たこともないような巨大な町並み、無数の寺社、おびただしい人、大坂城の異様に驚愕する他なかった。張り巡らされた運河は無数の船が行き交い、立派な瓦屋根の屋敷がたち並ぶ。


 この時代、日本でもっとも人口が多いのは京の都で大坂はその次だ。大坂は現在、3地域に分かれており、中心部14万人、北大坂7万人、南大坂5万人である。それぞれ管轄が異なり、区分上別の町だ。


 遼陽へ行ったことのあるナムダリは、大坂の方が遥か上で異様な繁栄ぶりを認識し、圧倒される他なかった。


 大坂到着後、一行は外賓用の施設に宿泊しながら幕府首脳や織田信孝へ謁見を賜り、幕府総裁幸田広之との話し合いなど連日対応に追われた。


 そして数日後、一行は幸田家で預かりの身となって屋敷へやって来たのである。先ずは広之や五徳へ挨拶を済ませると、それぞれの部屋へ案内された。


 少し落ち着いた後、茶を飲むための間へ呼ばれ、抹茶ラテやマカロンが出される。そこへイルハがやって来た。


「私は北河城主の娘で、イルハと申します。こちらの屋敷へ来て、1年ほど暮らしておりますが、左衛門様の命で今後日本の言葉などを教えさせて頂きますので、お見知りおきの程よしなに」


「その方の話は丹羽殿から聞いておった。ひとつ聞きたいが人質ではないのだな」


 ナムダリの問いにイルハは笑い出す。


「私も来るまでは日本において、どのような目に遭うのか不安でしたが、この家の家人含めて粗暴な振る舞いをする人など、見たこともございませぬ。幸田家の御台様は上様の妹ですが、そのような人物でさえ小者に対しても横暴な振る舞いは……」


「市などではそうもいかぬのではないか」


「市もございますが、この大坂では毎月決められた日に寺の門前で開かれるくらいしかありませぬ。皆、お店や行商より買います。お店の場合は正値を決め、掛け値なしの取り引きで、せいぜいおまけを付ける程度のやり取り。行商や屋台ですら相場は決まっており、物の売り買いで喧嘩することは滅多にございませぬ」


 ナムダリとアブタイは自分たちの常識が日本では非常識であることを知り、驚く他なかった。幕府軍の強さを知らねば腑抜けた部族だと馬鹿にするところである。尋常でない規律と徳により秩序のある生活がなさていると見る他ない。


「この国は暖かく、年中野菜や魚が取れ、民が飢えることも無く暮らしております。野盗の群れも居らず、女だけで旅することも……」


「もうよい。驚くべき国である事はわかった。我らは敦賀の湊に着き、近江というところを通り大坂まで参ったが、至る所稲が実っているのを見ておる。それを刈り取った後は麦を植えると聞き仰天した。それだけ食物に恵まれておれば人の数が多いのも納得する他あるまい。ところで、この国の兵力は如何程か」


「人の数はおよそ2千万、米などは2千2百万石程度。1万石5百人の軍役なら110万人になるか、と」


「それだけ兵が居ても軍費が足りるまい」


「この国では主に米で税を納めます。さらに幕府は南方での貿易や金、銀、銅を大量に採掘しており、困らぬはず。仮に飢饉が起きても、シャム、チャンパー、広南より買い付けた米が届くと聞いており……」


 ナムダリは桁違いの豊かさと軍事力に呆然とする他なかった。この国が本気を出せばウラ国など瞬時に消える。父が愚かだとは思いたくないが、帰国するまでウラ国はあるのかさえわからない。


 複雑な気分で茶も苦く感じるのであった。

 

 

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