第342話 大草原を駆けるマリア・デ・メディチ

 西暦1596年4月。アガルタ州都エテルニタスで日本から新たに送られてきた軍勢や開拓団およそ3万への引き継ぎを終えた丹羽長秀率いる大軍は大陸公路を東へ進んでいた。


 長秀には羽柴秀吉、前田利家、前田利益(慶次)、最上義光、最上義光、伊達政盛(小次郎)、森長可、滝川一忠などが従っており、伊達政宗だけはサマルカンドに居るため、途中から合流する手筈だ。欧州へ残留する者は以下の通りである。



織田幕府欧州全権代表  脇坂安治

カディス地中海府長官  織田信勝

カディス地中海府副長官 池田輝政

アガルタ州長官     立花宗茂

アガルタ州副長官    ブジャンタイ(イェヘ国)

アガルタ州奉行筆頭   長束正家(丹羽家)

東露斯亜長官      伊達政盛(小次郎)

東露斯亜副長官     エドゥン(北河国)



 また、各国の人間が多数加わっている。ローマ教皇、イエズス会、フランス、イングランド、スコットランド、ネーデルラント(オランダ)、スウェーデン、ミラノ、ジェノヴァ、シチリア、ナポリ、トルコ、モロッコ、ロシアのシュイスキー派など、国や団体からの正式な使節。


 さらに、デンマーク・ノルウェー、ブランデンブルク、プファルツ、ザクセン、ヘッセン=カッセル、ヴュルテンベルク、スイス、ヴェネツィア、トスカーナなども非公式ながら非公式使節が加わっている。



「又左よ、あのメディチ家の姫は思ってたより肝が座ってるのぉ。なかなかのものじゃ」


「メディチ家の欧州における権勢は凄まじいものですが、所詮は医者か薬種問屋の家系でございましょう。古い貴族に侮られまいという心持ちから、騎士以上に騎士たらんと思えばこそ」


「そなたも長い蟄居のせいか歪んだ見立てをいたすのぉ。さておき、当たらずといえども遠からずであろうな。元はといえば銭の力により選挙で勝ち、ローマ教皇や神聖ローマ皇帝なぞへ根回しの末、大公だと聞く」


「亡くなられた上様(織田信長)は家臣の三男や四男なぞ集めて使うのが上手でございました。兄に負けておらぬとこを見せようと死に物狂いで戦うというもの」


「そなたも嫡男ではないからのぉ。上様のお声が無ければ慶次殿が前田家の家督を継いでいたであろうからな」


「然様でござる。されど、それがしは蟄居している間、慶次殿は滝川家から織田家直臣となっております」


「色々、ややこしいのぉ。まあ、それはともかくじゃ、あのメディチ家のマリア姫はこのままであれば、遅れることもなく着いて来れそうじゃ。さて、そろそろ次の駅であるな。そこで休むといたそう。老骨には堪える」


 駅では先発した兵たちが休憩の準備をしていた。麦で作ったラクテラエという麦乳でミルクティーを大量に作っている。程なくして長秀たちが到着。各自、座りながらミルクティーを堪能していた。


 マリア姫ことマリア・デ・メディチはにこやかに各国の貴族や軍人などに声を掛けながらミルクティーのお替りを振る舞っている。明るく振る舞ってはいるが経験のない強行軍であり、女性の体には相当堪えていた。


 既に肉体の限界を超えており、体中が痛む。マリアはまだよい。メディチ家の誇りと己の名誉が掛かっている。とばっちりを受けているのはマリアの世話をするためトスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチにより、随行を命じられた侍女たちだ。


 それでも、流石に天下のメディチ家にて侍女を務めているだけの事はある。マリア同様、一切泣き言を吐かず役目を果たしていた。侍女は召使いとは違い、相応の身分と待遇である。


 長秀率いる軍勢に少なからず女性は居るが、大抵は女直や蒙古の女性だ。他にも武将たちの妾となったロシア・ウクライナ系(カザークを含む)の女性も僅かだが居る。


 また、マリアたちはエテルニタスで日中などは日本語を学んでおり、日本へ向かう道中も横に居る長秀の家臣と始終話していた。そのため、通訳無しでも簡単な日常会話はほぼ問題が無い。平仮名、片仮名をはじめ、簡単な漢字も書ける。 


 マリアの日本人に対する印象はイエズス会士から聞いてたものとかなり違う。多神教の蛮族であり、多少の規律はあるが、無法と無秩序が蔓延っているような話を聞かされていた。


 しかし、エテルニタスを見て回っただけで、その情報が正しくないことは一目瞭然だ。街は驚くほど清潔であり、奴隷も居らず、如何なる神を信仰しようと差別や弾圧に怯える事なく、平穏に暮らしている。


 宗教については、カトリック、プロテスタント、正教、コプト(これも正教)、ネトリウス派、ユダヤ教、イスラム教、仏教、儒教、道教、ヒンドゥー教などの様々な宗教が共存しているのだ。


 これは、日本の法律によるものだという。日本人の大半は仏教徒であるが、家屋に神棚というものがあったり、そこら中に祠がある。聞けば、神様を祀っているというが、極めて曖昧だ。


 神社というものもある。誰でも参拝出来る上、細かい禁忌は決まり事があるらしい。しかし、キリスト教やイスラム教の如き戒律があるわけでもなく、まるで水か空気のようである。


 マリアは己が狭く閉ざされた世界から解放されたかのような気分を味わっている。まだ見ぬ東方国々や日本へ無事に辿り着ける事を祈りつつ、遠くの雪山を望む草原地帯を見つめるのであった。

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