第343話 徳川家康、春のラム肉祭り①

 瀋陽の徳川家康にとっては、この地で最後の春を迎えていた。住めば都というが、瀋陽の発展は目覚ましく、もはや北京以上に賑わっている。


 遼東州、清州、沿海州、遼西州、天津などを抑える中心部であり、日本周辺部においては最重要拠点だ。遼東州長官として離任するまで、あと数ヶ月余。


 初夏に日本より来る移民団は過去最大規模の予定であり、開拓地の用意や家屋の建築など間に合わせなければならない。日本だけでなく、山東省の煙台や山海関から押し寄せる漢人の数も尋常ではない。


 さらに、朝鮮からの流民も膨れ上がっている。家康は下記の対朝鮮10ヶ条要求を突き付けて飲ませた。



『水営廃止』

『対馬宗家との貿易禁止』

『豆満江や鴨緑江での民衆による貿易を黙認』

『倭国・倭人・オランケという呼び方の禁止』

『江華島、仁川と金浦の間、済州島を租借』

『明国以外との通交禁止』

『幕府御用船が朝鮮で座礁時、助ける事』

『幕府御用船に対する補給と修理時の便宜』

『江華島や仁川に居る日本人が境界の外へ行く自由』『江華島や仁川の外で物資の調達や市を開く自由』



 朝鮮王李昖(宣祖)は日本側の要求を飲む条件として、以下の確約を求めてきた。



『自治区となっている各地域へ一切援助せぬ事』

『朝鮮王への叛徒を一切援助せぬ事』

『朝鮮国は高麗・新羅・百済・高句麗と関係無い事』

『明国に対して朝鮮が席次は上であるべき事』

『朝鮮王と日本国天皇は対等であるべき事』

『日本は朝鮮より儒学者を受け入れ学ぶべき事』

『今後、一切朝鮮を侵さない事』

『朝鮮国内での日本人に対する逮捕・裁判権』

『人参について朝鮮が定めし値での取引に応じる事』

『朝鮮からの逃亡者は全て返還すべき事』



 無論、朝鮮側の要求は全て却下し、日本側の条約が受け入れられない場合は来春以降、50万の兵で国ごと消滅させると告げ、全面撤回に至った。


  この朝鮮側の要求は、家康がそれほど過度な要求をしてこなかったため、弱腰だと侮り、勘違いした結果である。朝鮮は内乱状態となっており、国王や領議政李山海をもっても、かような奸臣・佞臣の跳梁たるや目を覆うばかりで抑える事が出来ない。


 何しろ有能な人物の大半は先の領議政柳成龍によって粛清されてしまった。処刑を逃れた者は各地の自治都市や山野へ身を隠している。


 日本側の条件だけを飲んだ朝鮮王であるが、都の漢城は焼け落ち、廃墟と化していた。ちなみに正式には漢城府という。何故か、正式な呼称は漢陽だと勘違いする人が多い。


 李氏朝鮮の太祖=李成桂が漢陽へ遷都し、西暦1395年に漢城と改められた。漢陽=ハニャン、漢城=ハンソン。しかし、あくまで漢字表記のため、あまり意味がない。


 一般的に首都を指すソウルは元々ソラボルであり、新羅の慶州を指していたとされる。現代において、ソウルの漢字表記は首爾に定められた。


 太祖=李成桂は当初、明国から権知朝鮮国事に冊封されており、朝鮮国王への冊封は第3代の太宗からだ。つまり、明が冊封した高麗王朝を簒奪したので、よく思われていなかった。


 そのため、李氏が明に対して気を使ったのであろう。漢城という字を見れば一目瞭然である。あまりに露骨だ。漢陽から漢城へ改めた背景は察して知るべし、といえよう。


 日本時代の京城は論外として(新羅時代には唐城などという地名もあり、朝鮮の歴史的には異例でない)、漢城にしても韓国人からすれば耐え難い屈辱のはず。隙あらば、李氏朝鮮時代も漢城ではなく、本当は漢陽だったなどと歴史改変するくらいの事はしかねない。


 ともあれ対朝鮮10ヶ条要求が受け容れられて以降、江華島や仁川などの幕府支配地域は和城(イルボンソン)と名付けられた。江華都護府、富平都護府、延安都護府、白川郡、高陽郡、喬桐県、金浦県などの地域からなる。これによって漢城から漢江を経て黄海へ注ぐ経路が完全に抑えられた形だ。


 和城では田畑に年貢が無く、村など以外の賦役も無い。農閑期に高賃金で農民たちを雇い、要塞や町の造営などしつつ、金を落としている。収穫した米や麦などは十分な価格で買い取ってくれるのだから農民は大いに喜んだ。


 幕府はじゃが芋やとうもろこしなども与え、育て方を教えた。さらに換金作物も多数持ち込んでいる。潤った農民たちは、煙草・砂糖・茶・薬・酒・海産物・綿織物・塩・遼東味噌(コチュジャン)・遼東漬け(キムチ)・醤油・油などを買う。


 また、陳徳永の一味が仕切る賭場などは大繁盛していた。さらに、各地の自治独立勢力からは必要な産品を買い付けたり、鉱山の採掘権を入手している。主に無煙炭や鉄などだ。これらの交渉は竹島(鬱陵島)の朝鮮人が水面下で動いていた。


 こうして朝鮮は戦国時代の様相となった。平壌と開城は柳成龍の一派が抑えている。国王が漢城に帰還した叛乱分子として断罪されるのを恐れ、李氏の王族を擁立し、北朝鮮などと標榜。


 そのため実際の歴史より約350年早く北朝鮮が誕生したのであった。



○対朝鮮10ヶ条要求→第316話参照

○家康の朝鮮遠征→第255話参照

○李山海と柳成龍→第194話参照

○中川光重と朝鮮王朝→第193話参照

○竹島→第116話参照




 



 



 


 

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