第128話 バンコク日本人町

 織田信孝の直臣である小西行長は灼熱の太陽を浴びながら部下たちに指示を出していた。東南アジアは乾季の終わりであり、暑季といわれる時期で猛烈な暑さだ。


 堺商人の息子として京の都で生まれ育った行長でさえ暑い。それでも台湾やマニラを往来している内に、南国の暑さへの対応は身につけていた。


 普請を行う際は東屋のような小屋を簾で多い頻繁に休憩させている。雨季であれば水も豊富とあり、汗をかいたら水浴びで洗い流す。日本産の石鹸が役立った。


 瓶に入った水も気化熱の作用で結構冷たい(無論、行長は原理を知らないが)。


 雇ったクメール人や明国人たちに運河を掘らせたお陰で、重たい物資は象が運んでいる。シャムで初めて象を見た時は心底驚いたが、実に壮観な光景だ。


 織田幕府総裁幸田広之から書面で指示されたとおり、大きな運河があるトンブリーの対岸に日本人町を建設していた。


 チャオプラヤー川の西側に広がるトンブリーはそれなりに開発されており、運河では水上市場などもあって賑やかだ。


 史実だと18世紀中頃、ミャンマー(ビルマは日本風の発音。現地の口語的な発音ではバーマーが近い。文語ではミャンマー。なのでミャンマーを国号として使用)のコンバウン王朝にシャムの王都アユタヤ(現地の発音はアユタヤーと語尾が伸びるが日本で一般的なアユタヤで表記)が攻められ滅亡。


 その後、タークシン大王がトンブリーに王朝を築く。この王朝は一代限りであり、現タイの王家であるチャクリー家がバンコクに新王朝を開いた。


 広之の構想ではアユタヤ防衛のため、西のカンチャナブリーと北のシンブリーへ堅固な要塞を築かせたかったが、まだ当分は問題ない。


 ならばシャム湾の出入り口に近いバンコクを開発し、ジョホール方面やカンボジア方面への中継地にするつもりだった。


 この時代、カンボジアは混迷の一途を辿っており、かつての栄光とは程遠い。


 西暦1431年、シャムの侵攻により、クメール朝の王都アンコールは陥落。これ以降、カンボジア西部はシャム領となってしまう。


 現在はプノンペンのやや西にあるロンヴェクが都となっている。問題は1593年、呂宋のイスパニア人総督(フィリピン総督領)へ保護国になる依頼をするが、フィリピンからの兵士が着く前、シャムにより占領されてしまった。


 広之からすれば話は簡単だ。弱気なカンボジア王から支援の話を引き出し、そのままナーレスワン大王へ御注進する。


 イスパニアへ国を売り渡そうと画策していると吹き込む。その際、ポルトガルとイスパニアは同じ王であることを説明。


 シャムが長年掛けて手にいれる寸前の果実をイスパニア=ポルトガルが横から略奪を企んでいるような構図をナーレスワン大王の脳裏へ刻み込む。


 あとは怒り狂ったナーレスワン大王がカンボジアへ攻め込みつつ、ポルトガルやイスパニアを見限るだろう。


 その際、一緒に攻め込みメコン川の下流域を抑えたい。イスパニアには貿易を優先的に認めるとなだめ時間を稼ぐ。


 カリフォルニアで金の採掘が始まれば、イスパニアやポルトガルとの戦争も近いだろう。1596年にオランダ商船が初めてアジアへ来航する。それがイスパニアやポルトガルとの火蓋を切る合図となるかも知れない。


 そこまでの話は聞かされていない行長であるが、いずれイスパニアやポルトガルと戦争になる事を覚悟していた。


 自身、キリシタンであるが、現在個人的な信仰に留めている。自分をキリシタンへ誘った黒田孝高(官兵衛)はすでに棄教し、高山重友や蒲生氏郷もイエズス会とは手切れ状態だ。


 自身が騙されていたとは考えたくないが、マカオは海賊退治の功績で領地として譲渡云々と聞いた。


 しかし、実際はポルトガルの領地などではなく明国の役人が私的に居住を許可している過ぎない。貿易も正式なものではなく、いわば密貿易だ。


 マラッカは武力で奪い取っている。常に武力、貿易、伝導・布教が一体となっており、善意である部分もあるにせよ、やはり釈然としない。


 訪れた各地でポルトガル人が売り渡した日本人を見た。また一神教というものがいかなるものか、今にして思えば浅はかだったように思える。


 正直、己には黒田孝高ほどの度胸はない。1度信じた道は自分の信念貫くが、ポルトガル人やイスパニア人の手は借りないし、敵体した時は戦う。


 先ずはバンコクを大きな町にして見せる。今年か再来年初頭には大量の日本人が送られて来るはず。それまで備えとかねばなるまい。


 日本人町と言いつつ、シャム、琉球、福建、潮州、広東、クメール、バンテンなど多様な人々が住んでいる。


 この地で何か生み出せるのか知れない。


 



 


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