第127話 秀吉、北の大地を耕す
黒龍江の河口付近で越冬した羽柴秀吉は大河はおろか海まで凍る事に驚愕。
ちなみに流氷というのは海水だけで凍るというものではない。塩を含んでいるためだ。
オホーツク海へ押し寄せる流氷は元々黒龍江などの大陸から流れ出る水で海水の表面部が塩分濃度は薄くなる。それが凍るのだ。一旦、凍ってしまうと徐々に大きくなっていく。
春頃、氷が溶ける時期に氷が河岸へ押し寄せた時は流石の秀吉も言葉を失う。この時、秀吉は天性の勘で、大陸への入口として確保すべき要地だが、根拠地とするには不安を覚えた。
無論、秀吉は海水か凍りにくく、淡水から先に溶けて、増水した川の氷水が海氷の溶けるタイミングで勢いよく流れ出す自然の摂理など知るはずもない。
治水の施しようもない巨大な大河へ対応するため、船を陸揚げする場の強化や氾濫対策など、普請の案を加藤清正(熊之助)に命じた。
しかし氾濫は決して悪い事ばかりではない。木曽川、長良川、揖斐川などを見てきた秀吉はそう考える。森や山の養分を含んだ土や水があれば本来連作に向かない作物も容易いのでは、と思っていた。
そもそも、この極寒の地で畑を耕すのは簡単ではない。されど秀吉は北海道や樺太を経て気づいていた。北へ行くほど夏場は昼が長く、逆に冬場は夜が長い。
昼の長い僅かな時期が勝負どころ。兎にも角にも、この辺は土地の広さに比べたら人はとても少ない。畑を耕すことはほぼなく魚を捕まえたり、狩猟や採集で暮らしている。
北海道でアイヌが少ないのも同じ事情だ。そんな土地を作物で実らせば状況は一変するであろう。
秀吉は自身も農民であったがために、本質を誰より熟知している。農民を知り尽くしているからこそ検地などは厳しい。
その反面、敵対しない限り、出来る限り民の生活を脅かさず、銭が回るよう心がけてきた。行商の経験もあり、商いの事も分かっている。
過酷な状況ではあるが、かつて織田信長に仕え各地を駆け回った頃の記憶を呼び覚まし、手応えを感じつつあった。
先ずは角倉了以の再訪を待ちつつ野良仕事へ取り組んだのである。
昨秋、僅かだが蕎麦(韃靼蕎麦)を収穫出来た。そして春には大麦、ライ麦、大豆、じゃが芋、金時人参などを植えている。
角倉了以は木曽馬のような日本在来種の馬を10頭程連れてきた。しかし、荒れた土地を切り拓き、耕すのに全く足りない。
ただでさえ日の出は遅く、日暮れは早い土地柄。身も凍るような寒さの中での難作業だった。
ほとんど農耕しない土地柄なので、やはり土が弱い。弱いというか、大半は死んでいる。秋の収穫を見据え、氾濫のあった土地を耕す。
痩せた土地では北海道産の蕎麦を沢山育てたい(韃靼蕎麦の栽培が北海道で始まるのは1985年。本来は四川省、雲南省、モンゴルなどで栽培されている。織田幕府は各地より種子を集めており入手したものを北海道で栽培したものだ)。
上方で流行っている蕎麦切りや蕎麦がき、あるいは蕎麦粥、蕎麦茶など食べ方は様々だ。いくらあっても困らない。
野良仕事の傍ら、白樺で炭を焼いたり、幕府軍が来たときのため夏用の家を作るなど何かと忙しい。
そもそも冬場も決して暇ではなかった。鹿(トナカイ)のソリに乗ったエヴェンキ(鄂温克)なる部族が襲ってきたのだ。
秀吉たちは事もなげに撃退し、捕まえた捕虜を尋問。蒙古と隣接して暮らしており、馬が鹿になっただけだ。
手引したのはヴェイェニン(ネギタール)だと発覚し、彼らの集落を片っ端から報復のため襲い、服属させた上、人質を取った。
スメレンクル(ニヴフ)やホジェン(ナナイ)はヴェイェニンと少し話が通じる。ヴェイェニンはエヴェンキと言葉が似ているようだ。
秀吉たちの認識では馬でなく鹿を使う蒙古がエヴェンキ、さらに鹿も使わないのがヴェイェニンという認識である。
ヴェイェニンの主要部族を片っ端から服属させた秀吉たちはエヴェンキの討伐へ向かった。壊滅させたエヴェンキの集団から大量の鹿を奪い取り、降伏した者から扱い方を学びつつ、執拗にエヴェンキの集団へ次々に討伐。
敵対した集団を容赦せず、徹底的に攻めるという姿勢は効果的であった。数え切れない集団を討伐し、堪りかねた集団が続々と降伏。
エヴェンキやヴェイェニンの一部は黒龍江の河口あたりに移住させて使役する事にした。反抗しない限りは手荒な真似をせず、大事に扱う。
そして少し暖かくなって来た頃、測量にも力を入れた。道を作り一里塚も設置。
秀吉の家臣には、幕府の援軍が来るのか懐疑的な者も居た。秀吉は角倉了以の人柄と幕府の関係を考えれば必ず相応の軍勢が来ると確信している。
角倉了以が連れてきた伊達家の家臣から聞いた話では、お市の方長女茶々は伊達政宗に嫁いだという。
茶々は幕府総裁幸田広之の娘も同然。その幸田広之と角倉了以は懇意だと聞いている。またエドゥンとイルハには切れ者の片桐直盛(且元)を付けた。
いずれしろ迎え入れる準備と当地の下調べを入念にすることが肝要。
しかし、それにしても毎日鱈や鰊ばかりの食事で少し飽きてきた秀吉であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます