第258話 織田幕府地中海艦隊

 カイロの脇坂安治はインド方面への商品送りだしも落ち着いたところである。取り組んでいる綿花栽培も順調で初夏に大量の綿が、集められた。しかし、忙しくなるのはこれからだ。


 冬になればインド以東の商品が大量に届く。幕府が順調に対イスパニア・ポルトガル戦争を遂行すれば、来年から両国経由で香辛料や様々なアジア産商品は欧州へ入らない。そうなれば幕府の独壇場となる。


 何れ明国から草原や砂漠を通ってくる商品も来なくなるはずだ。結果、ペルシャに対する商売も大きくなるだろう。既にペルシャとトルコに対しては幕府の大軍が明国より蒙古を征伐するため西へ向かう事は告げてある。


 エジプトやトルコで大量の食料や諸物資を買い付け黒海方面へ運ぶ手筈も整った。アフリカの東側にあるポルトガル拠点も全て潰しており、西側へ進出可能だ。


 フランス人、イングランド人(ピューリタン)、オランダ人(北ネーデルラント)、ドイツ人(神聖ローマ帝国領内の主にカルヴァン派プロテスタント)、イタリア人なども集まりつつある。


 神聖ローマ帝国領内のアシュケナージ系ユダヤ人も相当流れてきた。イスパニアやポルトガル同様、ハプスブルク家が統治しているが、全体でまとまっているとは言い難い。日本でいえば室町幕府よりましな程度。傘下の諸国(領邦君主)へ付け入る隙はいくらでもある。


 ある日、カイロの日本国きた。バウアーと名乗った男は神聖ローマ帝国自由都市フランクフルトのユダヤ人居住区(ゲットー)で暮らしているという。


「そなたは、商人との事だが何を扱っておるのじゃ」


「質屋(ドイツ語でPfandhaus)でございます」


「質屋であるか……。欧州では教会などが貧者向けに行ってると聞く」

 

 この辺の流れは日本の室町時代とよく似ている。寺社の門前市や座に対して堺や楽市が台頭した歴史と近い。形こそ違えど、都市というものは軋轢の元ともなる。


「日本は信仰に対して自由な国でな、欧州の現状は色々と憂慮しておる。然らば、カルヴァン派やピューリタン、アシュケナージなど迫害されておる者たちにも手を差し伸べたい。北海道、沿海州、遼東、清州、明国日本租界、台湾、カンボジア、バンコクなどへ行けば、怯える事もなく、土地を耕したり、商いも出来よう」


「私もかような話を聞いております。奴隷も禁じているとか。また、収穫予定の作物に対する取引、手形・小切手、商札(藩札や社債と同じ)なども整い、いまやイスパニアとポルトガルを凌ぐ勢いである、と。自慢ではございませぬが、このバウアー、決して宮廷ユダヤ人に才覚なら劣りません。是非、資金をお貸し頂けぬでしょうか。必ずや数倍にしてお返しいたします」


「間もなく、東方より吉報が届くであろう。そうなれば地中海だけでなく北海やバルト海も賑やかになるはず。そなたのような商人たちの出番であろう。期待しておるぞ。よきに計らう所存」


「はっ、必ずやお役に立ちましょう」


 数日後、バウアーはカイロの日本大使館そばに小さな家を借りて赤い表札が掲げられた。その家は赤い表札の家と呼ばれ、バウアーはロートシルト(赤い表札という意味。英語ではロスチャイルド)商会を設立し、後にバウアーからロートシルトへ名を改める。


 バウアーは陰謀論でお馴染みのロスチャイルド家の先祖であった。こうして改変された歴史では創業の地がフランクフルトからカイロとなったのである。


 さらに、安治へ朗報がもたらされた。フランスやオランダ(北ネーデルラント)から船が届いたというのだ。喜び勇んだ安治はアレクサンドリアへ向かった。


「見よ、実に美しく壮麗な姿じゃ。大型の艦が12隻もある。オスマン領内で建造した中小の艦を含めれば32隻。トルコには黒海方面のロシアを攻めるという名目で協力させたが首尾は上々。加賀大納言様(丹羽長秀)たちが来られる前にあのへんで支度をせねばなるまい。クリミア・ハン国や旧アストラハン・ハン国の残党にも話は通してあるしの」


「10日後にはエジプト人含めおよそ5千の軍勢で出港すべく、兵糧などを運び入れております」


「然様か。加賀大納言様たちは羊も食い飽きている事じゃろう。エジプトで作った味噌や醤油、日本米も食べて頂かねばなるまい。黒海の魚もなかなかの物じゃ。鯖や鯵は足が早い。これからの時期なら鰊に限る」


「はっ、鰊については塩漬け、酢漬け、身欠きなど買い付ける手筈を整えております。米麹も沢山ございますので甘酒(安治たちはムスリム向けに流行らせている)も用意出来ましょう。また、アラック(蒸留酒)も十分な数揃っている他、フロンス(フランス)から届、ワイン、チーズ、服、靴、書籍、楽器など買い上げている他、医者、大工、石工、絵師、学者も大勢集めており


「フロンスとネーデルラントには十分儲けさせるというのが幕府の指示であるからのぉ。それにしても、神聖ローマ帝国の領邦諸国を如何にして切り崩すか、細かく定められておる。我らでさえ、よく分からぬ事を日本に居ながら正しく知っておられるのか……」


「ポルトガルやイスパニアから聞いておるのでは……」


「まあ良い。我らは幕府からの指示通り動くだけじゃ」


 安治は自身の家老と話しながらアレクサンドリアに沈む夕陽を見ていた。











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