第257話 イスパニア国王フェリペ2世
イスパニアの首都マドリードにある王宮は混乱の極みに達していた。ヌエバ・エスパーニャから来た船が日本軍侵攻と占領を知らせたのだ。太陽の沈まない帝国と称されたイスパニアに暗雲が立ち込めつつある……。
国務評議会、財務評議会、戦争評議会、インディアス評議会、ポルトガル評議会などは連日答えの出ない不毛な協議に追われた。楽観論、悲観論、強硬論、慎重論などが交差し、支離滅裂となっているのだから無理もない。
そもそも財政状況が常に逼迫している。フェリペ2世がイスパニア国王に即位した翌年の西暦1557年、早くも最初の破産宣告(国庫支払いの停止宣言)を行う。債務を年5%の支払いとする長期公債とした。
その後、1560年と1575年にも破産宣告をしている(史実では在位中計4回。4回目は1596年)。現在、4回目の破産宣告が検討されている最中であり、前倒しになるのはほぼ確実だ。
なぜ、ガレオン貿易やポトシ銀山の利益がありながら、財政が悪化するのか……。フランスとのイタリア戦争、オスマン帝国とのレパント海戦、ネーデルラントの独立戦争、イングランドとの戦争が続いており、その戦費。さらには世界帝国を維持するための経費があまりにも莫大なのだ。
カトリックの盟主的存在でもあるイスパニア国王フェリペ2世は西暦1527年、神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン国王カルロス1世)とポルトガル国王マヌエル1世の娘イザベルとの間に生まれた。
ハプスブルク家の出身であり、父カール5世から膨大な領土を引き継いでいる。一時はイングランド女王メアリー1世と結婚し、現地に住んでおり、その当時はイングランドの国王(フイリップ2世として)でもあった。その後、フランス国王アンリ2世の長女エリザベート・ド・ヴァロワと結婚(死別)。
イスパニアとポルトガル以外にもナポリ、シチリア、サルディーニャの国王も兼任している他、ミラノ公やブルゴーニュ公だったりする。絶大な権力を有するフェリペ2世だが、首都マドリード北西45kmに位置するサン・ロレンソ・デ・エル・エスコリアルのエル・エスコリアル修道院に居住していた。
この修道院は西暦1563年から1584年にかけて造営されたものだ。フェリペ2世は死後、この修道院へ埋葬されている。生前はここに籠って政務を行なったので書類王などといわれた。
フェリペ2世の下、中央集権化を推し進め、各地へ副王を配し、広大な領土は官僚機構によりシステム化されている。織田幕府における体制も実のところ、イスパニアと似ていた。
法や規則が整備され、業務はマニュアル化。全ては数字によって可視化されている。中央官僚たる幕府の役人は全国から提出された数字を管理しており、問題あらばたちどころに行政指導が入った。
各地の人口、出生者数、死亡者数、石高、税収、大名・寺社・商札の発行量(藩札や社債と同じ)、準備金(金と限らない)、物価指数などあらゆる数字が把握され業績は一目瞭然。
軍事においても海外遠征する場合、会計、物資管理・輸送、調査、移動、作戦計画、各種工事、通信、秩序維持、外交、軍政などあらゆる事を専門家が管轄しており、軍営は役所そのものだ。
エル・エスコリアル修道院にある宮殿でフェリペ2世は冷静を装いつつも血が煮えたぎるような思いであった。アジア最果ての国日本は人も多く産物に恵まれ、近年は内乱も収まり、国力たるや留まるところを知らず、大国である明国と戦争に及び勝った事は知っている。
今後、我が国の脅威となりうるか考えていた矢先だ。最近、地中海でフランス商船が大量の香辛料、香料、絹、磁器、茶、砂糖などを売っている。フランス商船にはアジア人も乗っているという話があり、日本はよいよインドから西へ進み、トルコやペルシャと接触してる可能性を危惧していた。
ヌエバ・エスパーニャには数万人のイスパニア人が居る。それなのに一瞬でシウダ・デ・メヒコ(メキシコシティ)を陥落させたという。日本軍はおよそ2万だとの報告がある。ほぼ全員が銃を持ち、大量の大砲を携行していたそうだ。
そんな数の兵士が広大なマル・デル・スール(太平洋)を3~4ヵ月も掛けてヌエバ・エスパーニャへ辿り着いたというのか。あまりにも馬鹿げている。しかし、マニラからのガレオン船が来なかった現実を考えれば、最悪の事態に備えねばなるまい。
ヌエバ・エスパーニャだけでなくペルーも攻められた可能性はある。それどころか、フィリピン、マラッカ、ゴアなども……。ペルーを南下してイスパニアへ日本の艦隊が現れることさえ念頭に入れねばなるまい。
それと、もうひとつ懸念がある。フランスや北ネーデルラント(オランダ)の艦隊が地中海へ入ったというではないか。何の動きか掴めない。万一、連中が日本やトルコと何ならかの密約があろうと、もはや驚く話でなかろう。
奪われた領土を取り返すのに一体どれだけの兵力、艦船、費用が必要な事だろうか。いや、逼迫した財政状況を考えれば資金の捻出は難しい。また、我が軍が大挙してヌエバ・エスパーニャやアジアへ向かえばフランスやイングランド、さらにはトルコが攻め寄せる可能性もある。
先ずはもう少し様子を見てから判断する他ない。それにしてもポトシ銀山とガレオン貿易を失ったのであれば、財政は確実に破綻する。債務も返済出来ないし、商人より新たな借入も難しい。借金どころか破綻する商人も大量に出よう。
これから、かつてない国難の時代を迎えるやも知れない。そう覚悟するフェリペ2世であった。
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