第256話 ルイス・フロイス
初夏から南方より幕府御用船が続々と大坂に到着。各地の商品を満載しており、大坂の国際商品取引所は全国から押し寄せた商人で活気に溢れていた。
現在は輸入商品の売買も終わり、輸出用の積込に備え、各地から大量の商品が大坂に集まっている。異国人も多く、雲南省の少数民族やカイロの脇坂安治が送ってきた金髪の女性さえ居た。
そして、本格的な夏を迎えた頃、貿易ではなく、幕府役人用のいわば高速連絡船が大坂湾に到着したが、イエズス会士アレッサンドロ・ヴァリニャーノの姿もあった。国外退去処分となっていたが織田家家老小島兵部の書状を携えての来日である。
マラッカで保護されたヴァリニャーノは兵部に日本行きを嘆願。兵部は単独で即決する事が出来ず、とりあえず乗船させて送り出した。まさしく丸投げに他ならない。
これに対して織田幕府総裁幸田広之は先頃亡くなった土田御前(織田信長の母であり信孝と五徳にとっては祖母)の恩赦対象として上陸を許可したのである。カンボジアをイスパニア王国ヌエバ・エスパーニャ副王領フィリピンの保護国にすべく画策した件は証拠不十分のため、訴追は見送りとされた。
ヴァリニャーノは久し振りに日本で自由の身として暮らす事が可能となったのである。前回、来日した際は拘束され、そのまま国外退去となってしまった。ヴァリニャーノは迎えに来たルイス・フロイスへ衝撃の事実を伝えたのである。
「その話は本当なのかね……」
フロイスは思わず目を瞑った。マラッカ、マニラ、セブが陥落したという。さらに、ヴァリニャーノは船中で幕府役人より、ゴアやインドの拠点、ペルシャ湾のホルムズ、そしてヌエバ・エスパーニャも同時期に攻略対象となっていた事を聞かされている。
「残念ながらゴアやヌエバ・エスパーニャのポルトガル軍やイスパニア軍は壊滅したはず」
「しかし、ゴアやヌエバ・エスパーニャの備えは相当なものだよ」
「私はマラッカで幕府軍の戦い方を見ています。以前、大名同士で戦ってた頃とは全く別物。あれ程、見事な敵前上陸など欧州でも無いはず。大量の火船、軽量のガレー船、重装甲のガレー船、ガレオン船、和洋船などが、連携する様は悪夢そのもの。攻城においても小型で破壊力のある大砲を沢山携行しており、見た事のない戦い方……」
「もし、幕府が西はアフリカ、東はヌエバ・エスパーニャまで手にしたら一体どうなるというのだ。最悪ではないか」
「貴方はバンコクや台北をまだ見た事がないはず。まるで昔のコロニア(ローマの植民都市)みたいですよ。いや、それ以上かも知れません。これから、クアラルンプール、ジャカルタ、プノンペン、プレイノコールなども大きな都市になるでしょう。さらに、幕府はオスマンやフランスとも手を結んでいるそうです。あるいはネーデルラントも……」
「何だって……。オスマンと接触してるいるかも知れないという話はイスパニア経由で聞いていた。フランスの話が本当なら嫌な予感がする」
「何ですか、嫌な予感というのは」
「フランスと北ネーデルラントは大量の軍艦や商船を建造しているという話があってな。万一、幕府に引き渡されたら大変な事だ」
「話が繋がってしまいますね。普通に考えれば西廻りや東廻りの航路で欧州へ向かうのはまだ大分時間が掛かるはず。しかし、アレクサンドリア辺りでフランスやオランダから軍艦や商船を引き渡された場合……」
「来年あたり、そうなるかも知れない」
「フェリペ2世陛下のご気性を考えれば黙っているとも考え難いところ。されど、欧州に敵が多すぎます。判断を誤れば命取りとなりかねないですね」
「恐らく、この日本が東方におけるイエズス会唯一の拠点なのかも知れない。今後の事を考える必要がある。肥前に居るジョアン・ロドリゲスを早急に呼び3人で協議しよう」
「そういえば、ヌエバ・エスパーニャへ送られたマテオ・リッチやゴアのフランシスコ・カブラルは無事なのでしょうか……」
「君が追い出したカブラルはいまやゴアでインド管区長だからな」
「あんな男でも一応我々と同じイエズス会士」
「管区長から聖者になってるかも知れんな」
「趣味の悪い冗談はやめてください」
実のところ、カブラルはゴアでムスリムの住む島に放置され、この世から去っている。2人はまだ知らなかった。
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