第255話 朝鮮の乱
夏頃、朝鮮では異変が起きていた。2年前の西暦1592年11月、明国使節団が乗船していた幕府の艦隊は江華島に停泊し、朝鮮国へ使者を派遣。全く歓迎されないどころか、終始敵意に満ちた対応であった。
その後、釜山の倭館は閉鎖され、詰めていた対馬領主宗家の家臣や一部の博多商人は捕虜同然の身となってしまう。さらに、朝鮮水軍は時折対馬沖へ現れたり、陸上でも豆満江や鴨緑江を渡河する事さえあった。
しかし、ここにきて事は大きく動き始めたのである。政敵、李山海を失脚させ、領議政となった対倭強硬派の柳成龍は勢いに乗っていた。いや、暴走と見るべきであろう。慎重派を次々と粛清。そして、攘夷を唱え始めたのだ。
遼東の倭軍は遥か彼方のオイラト征伐のため留守にしている。また、我らを恐れており、未だに攻めてこない。女直や明は奇襲されただけで、倭軍など実際それ程強くない……などといった根拠無き楽観論が支配的になっていた。
こうして、閉鎖した釜山の倭館は焼かれ、囚われの身だった者たちは通訳以外、全て処刑。それも残忍な方法で凌遅刑に処された。朝鮮の朝廷では倭国というが百済や高句麗の遺民たちの治める土地なのだから、いわば朝鮮の属地。九州へ上陸すれば一撃で粉砕出来るなどといった妄想が展開されていた。
しかし、対馬は幕府によって要塞と化しており防備が固く、攻め寄せるのは難しい。そこで丹東(この時代、本来は丹東という地名でないが、幕府は丹東と命名し、開発している)と豆満城を攻める事になった。先ずは東路軍と名付けられた軍団が5千程で豆満城へ押し寄せる。
遠目だと緩やかな丘陵にある質素極まりない土塁の城だ。侮った東路軍は一斉に押し寄せたが、ワッフル上に掘られた堅固極まりない障子堀を突破する事は難しい。障子堀に身動きが取れない兵は櫓から銃撃され、潰走。
丹東の方も西路軍5千程は鴨緑江を越えて朝鮮族の農民を襲ったりしたが、略奪に明け暮れている間、駆けつけた幕府軍およそ500と交戦。鉄砲の前に成すすべもなく総崩れとなり潰走する他なかった。
伝書鳩によりこれらの報が瀋陽へ届くと、徳川家康はおよそ1万の兵を乗せた艦隊で遠征。先ずは鴨緑江の南側にある義州を陥落させた後、海路黄海道へ侵攻。上陸すると平壌へ進撃し、あっという間に陥落させた。徹底的に破壊し、平壌は焦土と化す。
さらに、再び艦船で南下し、江華島を占拠。朝鮮側は1万ほどの兵や多数の水軍で江華島へ押し寄せたが、何れも撃退された。江華島から漢城までは、およそ60km。漢城へ迫った幕府軍はカロネード砲で城壁を破り、城内へ侵入。政府関係の施設だけ破壊し、引揚げたのである。
江華島へ戻ると、城の造営に取り掛かった。遼東や山東から多数の人夫が動員され、駐屯地や無数の煉瓦製トーチカも作られている。無論、朝鮮側にとってはもはや反撃どころの話ではない。
程なくして柳成龍は失脚し、李山海が返り咲いた。李山海は完全に戦意を喪失している国王の意向で、徳川家康へ和睦を申し入れる。
内容は江華島から退去すれば仁川と釜山での貿易に応じるという内容であったが、家康は無表情で後世「家康の朝鮮七ヵ条要求」などといわれる書状を渡した。内容は以下の通りである。
一.釜山倭館事件についての首謀者引き渡しと賠償
一.豆満城と丹東を攻めた軍事責任者の引き渡しと賠償
一.江華島と仁川の租借
一.釜山と漢城の開港・開市
一.済州島の割譲
一.日朝貿易協定の締結
一.日本、明国、清州、北河以外の国と交流しない事
釜山の倭館復活程度で収まると踏んでいた朝鮮側はあまりに厳しい要求へ憤慨。またもや徹底抗戦を主張する主戦論が台頭。朝廷内で果てしない党争が勃発し、収拾がつかなくなった。
家康は交渉の打ち切りを宣告し、再び漢城を攻撃。国王や両班は都を捨てて逃亡した。この事態に漢城の民衆は蜂起。宮廷へなだれ込み略奪の限りを尽くしたのである。各地でも民衆の蜂起が相次ぎ両班たちは次々に殺された。
逃れた朝鮮王は明国に訴え出て調停してもらう事を画策。密かに使者も出されたが、幕府軍に捕らえられ、国王の居場所を白状してしまう。こうして朝鮮王李昖(宣祖)は王子共々幕府軍に捕縛。江華島へ連行の上、“保護”された。
朝鮮王だけでなく国政の中心人物大半が捕われ、混乱状態となる。その間、家康は朝鮮人の遼東への移民希望者を集めては送り出し、事態の推移を傍観しつつ放置。結局、家康は駐留部隊を残し、済州島を占領。その上で瀋陽へ帰還した。
一方、江華島の幕府軍は周辺地域に対し、恭順すれば無税の上、賦役無しと通達。このため無政府状態の共同体が形成されつつあった。
幕府軍は自治化した村落共同体へ十分な労賃での普請を行わせ、収穫予定の作物は高値にて買上げると約束。次々に農民を宣撫していった。各地で両班狩りが吹き荒れ、急速に無政府と化していく。
捕らえられているとはいえ、名目上は保護のため、王族や中央の高官たちは十分な生活を保障されていた。捕らわれの身となっても党派による争いは続いたという……。
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