第254話 近衛前久とお公家たち
近衛前久には多くの公家たちが同行している。主要な人物を列挙すれば、
今日は午前中、軍象による訓練がてらのサッカーのような試合を観戦。お公家軍団は大喜びであった。その後、チャオプラヤー川沿いにある店へ移動し、遅めの昼食をとっている。川にせり出しており、景色はよい。日差しは屋根で遮られ、涼風が注がれている。
「近衛さん、象たちは賢いでおじゃるな」
「勧修寺さん、幕府の軍勢は
飛鳥井流蹴鞠の飛鳥井雅庸が嬉しそうに答える。
「象があれほど
話が盛り上がってるところへ料理が運ばれてきた。この店はシャム、越南(ベトナム)、明国のいわばフュージョン料理を出す。幕府がアユタヤ朝の要人や各国使節団を接待する時に使う定番の店だ。
シャム人が牛を食べる事はほぼ無い。また、ムスリムの来客も多いため豚は扱っておらず、ベジタリアンへの対応など含め、配慮が行き届いていた。店の名物は各種の春巻である。ライスペーパーを使った生春巻。
タピオカ粉を使った透明な水晶春巻。米粉を使った蒸し春巻。クレープのような春巻。生春巻を揚げた物。様々な春巻が並ぶ。他に汁物、魚料理、鶏料理、野菜料理、果物などがある。
「春巻は毎日食しても飽きませぬ。タレがまた良きかな。魚醤、味噌、干し海老、唐辛子、落花生、スダチ(マナオ)などが織りなす味わいは見事」
「流石は烏丸さん、何とも風情のある言葉でおじゃる。さて、こちらの菜物と魚も実に見事」
近衛前久はそういうとバナナの葉に盛られた茹茄子、茹苦瓜、生のインゲン、生の葉物野菜、プラートゥー(鯵に似た魚)などをカピというオキアミの発酵味噌で作ったタレに付けて食べる。
これは、ナムプリック・カピという現代のタイを代表する庶民的な家庭料理の代表格だ。タレは何種類もあるが基本の形式はカピを前面に出している他、タガメなども入っており、日本のタイ料理レストランで注文する日本人は少ない。
「近衛さん、そのタレは癖が強いものの慣れると深みのある味わいでおじゃりますな。これ程、菜物が進むとは天晴」
五辻元仲もご満悦でナムプリック・カピを食べている。
「それにしても、この店の女中が着てる衣服は実に艶めかしい。シャム人やクメール人のおなごが着る服とはいささか異なるでおじゃる」
「勧修寺さん、幸田殿の屋敷に女直の姫君たちかおじゃりますが、似てるような気もしますな」
「ほぉ、流石は近衛さん。確かに女直や蒙古の服に似ているでおじゃる」
近衛前久と勧修寺晴豊の印象は間違ってない。実はアオザイ好きの幸田広之がバンコクやカンボジアの女性用の服として直々にデザインしたものである。現在、バンコクでは流行りつつあった。
アオザイは17~18世紀に普及したベトナム(広南国)の民族衣装だ。清朝の旗袍を参考に作られといわれている。現代のいわゆるチャイナドレスは和製英語であり本来の名称はチーパオ(旗袍)という。
しかし、名称は同じであっても現代と清代の旗袍は異なる。チャイナドレスとして知られる旗袍は中華民国時代(20世紀)、満洲服(モンゴルのデールがルーツ)へ洋服の要素を加えて創出された。現代風の旗袍は唐装ともいわれる。
そして、旗袍や漢服を包括して華服などという。ちなみに幸田広之が普段着ている服は漢服や唐装を参考にしたもので、今や織田信孝、丹羽長秀、伊達政宗なども真似しており、主流に成りつつあった。
公家たちは昼食を終えると、それぞれにあてがわれた屋敷へ戻り夕方まで休憩。公家たちがバンコクへ向かっているという知らせを受けて急遽、幕府の政庁そばに新しく造った屋敷だ。
バンコクの政庁には公家へ奉公していた家柄の者も数名居た。いわゆる青侍と呼ばれる存在で、公家侍などともいわれる。明治維新後は者は官家士族(少し位が上の諸大夫も含まれる)として士族になった。
織田幕府体制となり、公家が所有する荘園の大半は織田家が預かっている。他家領内に荘園がある場合は織田家は代替えとして相応の切米を提供した。そのため、荘園に居た公家侍の一部は失業状態となり、織田家の家臣となったのだ。
かような背景を持つ者が適任だとして近衛前久たち公家の世話係に任じられた。烏丸家の元家臣も居る。さらに、青侍ではないが蜷川親長もバンコクに滞在し、小西行長を補佐していた。
足利義輝亡き後、長宗我部家に従っていたが、現在は織田家に仕えている。親長は福(春日局)の叔父であり、弟は史実だと東寺の公人となった。いわば青侍の類だ。
室町幕府においては伊勢氏と並んで政所代を担っていた家系のため、公家たちには馴染が深い。ちなみに親長の甥である福の実兄斎藤利宗も本能寺の変後、細川家預かりであった。
親長や元青侍たちは公家の世話に終われ痩せ細るのであった。
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