第253話 近衛前久、バンコクの発展に感嘆す
近衛前久はシャムに来て正解だと思っていた。明国とは違った国であり、日本とも様々な違いがある。しかし、何か懐かしいような気分だっりするから不思議だ。日本は明国や朝鮮と近いが、それでいて遠い。
雲南省を訪れた時と印象は似ている。古き日本のなのでは、という風景に息を飲んだ。黄河流域の荒涼とした大地に哀愁は感じない。それに比べると雲南省は見たような気がする。
雲南省にはかつて大理という国があったという。現在、景洪を中心とする地にシップソーンパンナー(勐泐=景隴金殿国※現代の西双版納タイ族自治州)があり、麗江と同じく明国へ服属している。
傣族(タイ族系ルー族)を主体とする属国だが、この地を通った際、王から歓待された。シャム人とは元々同族なのだという。そんな事があるのか、と疑問に思った。しかし、メコン川を下ればシャムの領域にも近い。
確かに、ラーンサーンやシャムの人々が話す言葉、食べ物、奏でる音、家屋、衣服、人々の顔つきなど、何れもシップソーンパンナーと似ている。それにしても驚くのはバンコクにもシップソーンパンナーの王族を始め、民が多数住んでいるという。
しかし、シップソーンパンナーとシャムは遠い。ラーンサーンを越えるか、或いはそこからカンボジア経由で来る他ない。同族といっても相当な距離がある。逆にいえばメコン川を遡り、シップソーンパンナーや麗江といった明の属国へ近づいていて抱き込んでいる幕府たるや恐れ入るばかりだ。
そもそも、バンコクはあらゆる異国人が住んでいる。日本、シャム、クメール、大越、広南、明、琉球、ラーンサーン、ラーンナー、シップソーンパンナー、麗江、ジョホール、バンテン、呂宋、インド、トルコ、アラビアなど……。シャム国とは違う別物だ。
大坂以上に堀が張り巡らされている。無数の舟が行き交い水上市などというものさえ存在するのだから驚く他ない。現在、シャムは雨季であり、時折凄まじい雨が降る。道は消え、ぬかるみは歩くのも困難だ。
普通の家屋は浸水する場合もある。そのためか、浸水するような立地の家屋は大半が高床だ。バンコクの西側を流れるチャオプラヤー川から東方向へ何本も大きな堀がある。
縦にも大きな堀は何本かあり、そこから小さな堀が数え切れない程あるではないか……。高床の下には細い小舟があり、出掛ける時は大抵の場合、歩かないで済む。
そもそも買い物ならば大抵の物は、行商人が舟で売りに来る。茶、酒、薩摩芋、とうもろこし、バナナの葉で包んだ餅菓子、果実、天ぷら、唐揚げ、煮物、麺など、何でも揃う。
ほんの3~4年程前までは湿地が広がり、人もあまり住まず、草は生え放題だったというではないか……。掘を作っては、その土で湿地が埋められる。チャオプラヤー川の上流から切り出された木が運ばれ、建物を作ったという。
たかが数年でこれ程、大きな町を大坂から千里の彼方にて作り上げる幕府の財力たるや驚く他無い。このバンコクの遥か南には昭南という小さな幕府の島があり、そこから近いジョホール国から租借したクアラルンプール、またはバンテン国から租借したジャカルタという地をバンコクに負けない町とするらしい。
小西行長の話では、雲南省で茶畑や絹糸を沢山作らせて買い付け、メコン川から各地へ売るという。往路の際は煙草や香辛料を運ぶのだとか。明国は雲南で産出する銀・銅・錫にしか興味が無く、これらは収奪されている。そのため茶や絹糸を高値で買ってくれる幕府は好き勝手に出来るそうだ。
雲南省へ固執するのは、ミャンマーへの対策もあるという。シャムのナーレスワン大王はミャンマーを征服するのが宿願。しかし、小西行長によればシャムからミャンマーの王都タウングーの間は大きな山林が隔てており、東から攻めるのは困難だという。
しかし、雲南省からミャンマーへはエーヤワディー川とサルウィン川という大河が流れており、そこから侵攻するつもりらしい。何でもミャンマー族が住んでいるのはエーヤワディー川とサルウィン川の流域だそうだ。
シャム人に近いシャン人、かつてペグーという所に国を建てていたモン人など糾合。そして条約を結び幕府へ服属させるというのが大坂の方針なのだという。昭南から北上し、海上からも攻め込むという。ミャンマーが一気に勢力拡大したのはポルトガルの鉄砲隊が大きな役割を担ったそうだ。
幕府に攻められ、マラッカが陥落した以上、ミャンマーのポルトガル兵は孤立する他ない。ポルトガル人は各地でイスラム教、ヒンドゥー教、仏教を弾圧しており、これに加担した上、匿ったという名目で攻めるという。
幕府はシャムをこれ以上拡大させない方針でもあるようだ。近い内にミャンマーと条約を結び、シャムを立ち入らせない。そして、ラーンサーンだが、シャムは過酷な対応をして、幕府が支配する南部やシップソーンパンナーれ逃げる他ないという見立てである。
やがて反乱や一揆が頻発し、維持出来なくなるのは必定で、そうなればシップソーンパンナーに併合。シャムの北西部にあるラーンナーはミャンマー北西部のシャンと一緒にするつもりらしい。
小西行長によればナーレスワン大王が亡くなったら、必ず内紛となり、揉めるそうだ。そこまでに諸々、備えているという。予見や見込むのでなく、そうなるよう着々とあらゆる手立てを打っている。
ナーレスワン大王亡き後、内紛となるのでなく、起こすのだろう。もう既に手は尽くしてあるはずだ。そのような事を色々考えながらスコールが止むのを待つ近衛前久であった。
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