第96話 謎のイタリア人アブラギータ
建州(満洲国)、海西、野人の女直3大勢力の抗争へ介入するための戦略や来春の派兵準備など忙しくなってストレス上昇気味の幸田広之であった。
人間、ストレスが溜ると飲み食いで発散というのはよくありがちだ。糖質の少ないもので発散出来れば、それに越したことはない。
しかし甘いものや脂っこいものほど美味しく感じる。甘いものや脂っこいものだけならそれほど問題は無いが、糖質の多い炭水化物と組み合わせると厄介だ。
困ったことに量が少なくてもカロリーは高めだったりする。幸田家でたまに出される花林糖饅頭などその最たるもので食べる時は1個までと決まっていた。
甘い食べ物は謎の空腹感でついつい食べすぎてしまう。これは意思がどうしたとかいう問題ではなく、身体のメカニズムだから、なかなか抵抗し難い。
そんなある日、イタリア人アブラギータ・フトッテーラが幸田邸を訪ねてきた。アブラギータはフィリピン総督の使節一行と来日し、そのまま淡路島のファームでドイツ人の職人と一緒にハム類の生産担当をしている。
豚の飼育や解体も行う。河内に豚の飼育場があるのだが明国産の太湖豚や東南アジア産などだ。淡路島ではこれらの豚以外にフィリピンで飼育されていたイスパニア産の黒豚(恐らくイベリコ種系統?)を繁殖させつつ河内から運んできた豚と交配させていた。
今回、河内から運ばれてきた豚でハム類やソーセージ(ドイツ人作)を作って届けてくれたのだ。淡路島ファームにはチーズ職人も居り、モッツァレラ、ゴルゴンゾーラ(青カビのブルーチーズ)、ブリー(白カビのブルーチーズ)も持参。
生ハムや長期熟成タイプのチーズも作っており、広之は楽しみにしている。金万福も淡路島ファームに出掛け、火腿を仕込んでおり、対抗心剥き出しだ。
広之はアブラギータが持ってきた品の一部を小分けし、イエズス会、フランシスコ会、ドミニコ会、残留しているイスパニア商人などへも届けさせた。
そして広之は機嫌よくパスタを作り始めた。手打ちの生パスタを作るつもりだ。デュラム小麦がないので普通小麦の強力粉で代用する。デュラム小麦は硬質でグルテンが豊富。普通小麦の先祖といわれる。
よくデュラム・セモリナというが、セモリナは粗挽きの事だ。強力粉に少し葛粉を混ぜ全卵を加え捏ねる。伸ばしたあとカットして幅広のタリアテッレにした。
哲普は広之の指示で強力粉と薄力粉に小麦フスマを少しと塩、砂糖、麹、油、水など加え捏ねて丸めていた。お初はじゃが芋を茹でたうちの半分ほど潰して沸騰させた湯に入れ撹拌している。
アブラギータは何も知らず別室で抹茶ラテを飲みながら女中をナンパしている。ほどなくして織田信孝、竹子、三法師、五徳、茶々、初、江などが揃った。アブラギータも同席を許されたが、軽いノリで浅井三姉妹をナンパして竹子と五徳に睨まれていた。
「皆様方、お揃いのようでございますな。本日は欧州の食べ物を作りしまた。お口にあえばよろしいのですが……」
「左衛門殿、上様や妾にまた毒見とは無礼にも程があろう」
「御台様は毒見がお好きなようでございますなぁ。毒見に目がありませぬ」
「これ於茶々、からかうでない」
そう言いつつ竹子は機嫌が良さそうだ。
まず焼いたソーセージ、じゃが芋のポタージュが出てきた。ソーセージは豚の腸をケーシングにしており衛生上不安がある。そのためもう一度燻製したあと、炭火で焦げ目が付くほど焼いた。これにはナンパ師アブラギータも少し驚きつつもヴォーノを連発。
「左衛門よ、これは何じゃ。検討つかぬが旨いのぉ……」
「上様、それは欧州の汁で、じゃが芋茹でて潰したものに牛乳やバターなど加えたものでございます」
「左衛門殿、こちらのものは……」
「五徳殿、それは豚の肉を挽いて綺麗にした腸へ詰めたものです」
一同説明を聞きながらソーセージを口にした途端、顔がほころぶ。竹子はすかさず焼酎を流し込んだ。
アブラギータもワインをお替りしつつ、注いでくれる室女中をナンパしている。さらにチーズとハムのピザ、カルボナーラ、ハムのドリアが運ばれてきた。チーズはモッツァレラを使っている。広之はチーズや各料理の入念な説明をした。
「オオォ〜トノサマッ、モルトヴォーノ、デリツィオーゾ、グストーゾ、オッティモ、ブラーヴォ、ペルフェット!」
アブラギータも喜んでいる。ピザはトマトソース使ってないので似たようなものはあるだろ。トマトソースらしきものは16世紀にあったというが普及するのは17世紀以降。パスタのソースに使われたのは18世紀後半、ピッツァ・マルゲリータが誕生したのは19世紀後半だという。
無論、この歴史は来年トマトが収穫された瞬間、改変。日本がトマトソース発祥国になる。いずれはトマトソースのスパゲッティとピザは日本の国民食として世界を席巻するかも知れない。
カルボナーラに至ってはこの瞬間誕生した。実際には何と20世紀の登場であり、歴史的瞬間である。ドリアは日本発祥だがイタリア人もびっくり。
アブラギータは狂ったように食べまくっている。日本人たちにドリアは今ひとつ反応が鈍い。米の変わり果てた姿に違和感あるのだろう。ピザとカルボナーラは好評である。
こうしてイタリアン(もはやイタリアではないが)な宴は続くのであった。
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