第97話 幸田広之の晩酌③
野人女直ウェジ部(渥集部)イルゲンギョロ(伊爾根覚羅)の傍系であるらしい一族のエドゥンとイルハは毎日数時間日本語の勉強を行っていた。
これには故郷の城を出て以降、世話をしてきた羽柴秀吉の家臣片桐直盛(且元)も付きっきりである。直盛はある程度、女直やホジェン(ナナイ)の言葉を話せるようになっており、通訳的な役割を果たしていた。
女直だけでなくホジェン、スメレンクル(ニブフ)、アイヌ(北海道中村から同行している)などの世話もしており、ツアーコンダクターのようである。
大坂の名だたる寺社の数々……。四天王寺、生國魂神社、天満本願寺、難波下の宮(難波八阪神社)、住吉大神宮(住吉大社)、磐船神社などだ。
女直はツングース系とされるだけあって自然崇拝や祖先崇拝など日本人と根底では似ている。切らないで残っている樹木のことを尋ねられた直盛は、神が宿り、この地を護って、といういわゆる御神木の概念を説明。
磐船神社では巨石信仰、さらに山岳信仰、太陽信仰、龍蛇など苦労しながら説明を試みた。しかし、一行がもっとも興味を示したのは意外にも稲荷神社の狐と神社に坐す狛犬である。
女直でも犬は崇拝されていたため驚いたようだ。また満蒙の地はチベット仏教の影響を受けており、日本人と海を越えた隔たりや文化の違いあれど、似ていると感じたらしい。
無論、稲荷大神様は狐ではない。狐は神の眷属である。しかし女直たちには狐も犬に似ており親しみを感じたらしい。狛犬についても、犬ではない。霊獣というべきもので架空の存在だ。鳳凰や麒麟のようなものである。
また、彼らが着ていた女直風の服を模した服が仕立てられ、それらを大いに気に入った様子だ。ときおり馬にも乗っているが扱いは手慣れたもの。
食生活の方では茶の種類に驚いている。本来の歴史であれば煎茶は江戸時代になってからだ。たが、すでに存在していた。結果、千利休の抹茶は本来くすんだ色だったらしいが、この時代すでに鮮やかな緑色の抹茶が優勢だ。
そのため千利休はいまだに従来のくすんだ色の抹茶へ固執しており、茶の湯は緑色の抹茶を受け入れた派とそうでない2派に別れている。
また玉露、焙じ茶、玄米茶、紅茶、昆布茶に加え最近では焙じ抹茶が流行っていた。巷の茶店においては焙じ抹茶が品薄となり、入荷すると行列が出来る。
焙じ抹茶はそのままでも、あるいはラテにしても美味しい。普通の焙じ茶に焙じ抹茶を入れた方式もあり、大人気だ。無論、開発元の幸田広之邸では飲み放題となっており、イルハも毎日飲んでいた。
砂糖を茶に入れるというのは驚きというより、暴挙といえる。彼女の家では茶と砂糖のどちらも高級品に他ならない。大坂の茶事情に驚いていたのは片桐直盛も同じである。噂に聞く幸田邸へ出入りが叶い、毎日茶や食事の洗礼を受けていた。
塩引き鮭の茶漬けや蕎麦切りの美味しさは格別である。羽柴秀次からも出来る限り広之をはじめとする家人へ近付き懇意にせよと命じられていた。
傾き続けている羽柴が復興出来るかの大事とあって細心の注意を払いつつ、最善の努力を試みている。それにしても大坂の発展ぶりは凄い。
東京府も度肝を抜かれたが、さらに遥か上を行っている。人の数も多く、まるで湧き出るようだ。これでは北辺の民たちが驚くのも無理はない。
一方、広之は織田家家臣となっている藤堂高虎と讃岐半国の大名黒田孝高(官兵衛)を呼び、大陸での城や陣地の構築について相談を重ねた。
大陸では日干し煉瓦や焼成煉瓦を現地生産したい。かつて奈良時代の寺院などでは中華風の甎という煉瓦を使ったりしていた。現在でも瓦を焼いてるのだから技術的に問題は無いだろう。そこで試作品を作らせることにする。
必要は発明の母とはよく言ったものだ。日本は湿気が多く地震も多い。そもそも木材が申し分ない豊富であれば組み立てたあと解体して移動することさえ出来る。街を城壁で囲む必もない。これまで需要がほぼ無かった。
だが乾燥して冬場寒い大陸では必要性高い。耐火煉瓦を作る前段階としても丁度いいはず。石炭の採掘も始めるからタイミング的に申し分ない。
色々とやることが多すぎる。広之は大陸に進出したい商人の陳情を終えると、日暮れ後ようやく帰宅した。すでに食事中だったが、それには加わらず風呂に入り汗を流し、体をほぐす。
風呂上がりに大きな火鉢がある小さい部屋で1時間ほどマッサージを受ける。その後、ストレッチを行い仕上げる。自分の部家に入ると室女中のお菊が酒を運んできた。まだ奉公し始めたばかりだが、なかなかそつなくこなしている。仲居だが料理までこなしているお初の妹だ。
焼酎のお湯割りに梅干しが入っている。続いてお菊はスルメを持ってきた。スルメを醤油、味醂、日本酒に1時間ほど浸したあと、燻製している。烏賊の風味と香ばしさがたまらない。
そして温素麺と豆腐の厚揚げが出てきた。素麺を夏場にしか食べないと人が多い。確かに冷たい素麺はうまい。だが上等な出汁で食べる温かい素麺も負けないだろう。
昆布と鰹節の本枯背節だけで出汁を取っている。厚揚げは大根おろしで軽くみぞれ煮にしており、豆腐好きの広之にはたまらない。
最後にゴルゴンゾーラチーズとブリーチーズ(ブルーじゃない)らしきものが出てきた。豆腐の味噌漬けや塩麹漬けで我慢してきたが、ついに本物のチーズを食べれる。
ゴルゴンゾーラチーズには蜂蜜が掛かっているではないか。恐らく台所で哲普君とお初は毒見をしているだろうが、流石に400年くらい早いだろう。
広之は上機嫌でブリー食べたあと、ゴルゴンゾーラを口に含む。いや、実に素晴らしい。最高の味わいだ。幸福な気分で今日は早めに切り上げ、床に入る広之であった。
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