第408話 サンジェルマン、現代へ戻る⑥
幸田広之と織田信孝が現代へ戻り2日目の土曜日。墨田区にある犬神のタワマンで目覚めた2人は付近を軽く散歩しつつ老舗の喫茶店へ入った。2人とも特製のウインナーコーヒーを注文。
ウインナーコーヒーはこの店の名物で広之と犬神も昔からのファンだ。通常、ウインナーコーヒーはドリップコーヒーにクリームを浮かべる。
この店はエスプレッソを使っており、その点においてエスプレッソ・コン・パンナだ。また、エスプレッソ・コン・パンナはアインシュペナーに近い。さらに、クリームは砂糖が入っておらず、上から練乳が掛かっている。
先代のマスターが1980年代に最新のエスプレッソマシンを輸入しており、それまでのドリップ式からエスプレッソを使ってウインナーコーヒーを作り始めたという。
当時として、エスプレッソマシンは非常に高価で元が取れない代物だった。しかし、この店の常連であった金持ちが、費用をすべて援助することにより導入されたのである。
その当時、おりしもバブル期であった。バブル崩壊後も世間全体の景気はそれほど悪くもなく、海外個人旅行ブームであり、食文化も多様化。かような追い風もあって、特製ウインナーコーヒーはマスコミでも再三取り上げられた他、芸能人の来店も多く、現在でもファンが多い。
「そなたや犬神は口が肥えてるからのぅ。この珈琲も儂の口には慣れておらぬゆえいささか苦いが、クリームとやらで、頃合いよく、癖になりそうじゃな」
「いずれは日本でも珈琲を広めたき所存。されどいまだ数が足りませぬ。南方で珈琲豆の栽培が普及するのに時を要します」
「南方の民も米を作るより、儲かるのであろう」
「さようでございます。紅茶はインドで栽培させ、ペルシャ・トルコ・欧州へ流し、南方の珈琲豆は日本・明・インドでございますな。新亜大陸(アメリカ大陸)の中南部でも珈琲豆を栽培させますが、これは
欧州やトルコ向けなどと振り分けます」
「珈琲、茶、カカオ、砂糖、香辛料は大事だと、そなたや犬神から念を押されている。ともかく、次は五郎左殿も連れて来ぬわけに行くまい。じゃが、三郎(織田信之こと元三法師)はまだ早かろう。令和の世では酒に細かくてかなわぬ」
「さようでございますな。酒が飲めねば楽しみも半減いたします。五郎左殿には横田の病院で検査するなど……」
「こちらで診てもらえば安心じゃな」
このあと喫茶店を出た2人は浅草界隈をぶらぶらしていた。そこへ犬神も合流し、サウナに向かう。ビル7階の大浴場からはスカイツリーが展望出来るため、インバウンド客にも人気だ。
ドライサウナにあまり慣れていない信孝は短時間で出るや湯船に浸かっている。ロウリュウサービスなども当然好まない。アカスリと風呂上がりの一杯が楽しみだったりする。一方、広之と犬神はサウナで汗を出しつつアフリカの話をしていた。
「なあ幸田君。アフリカだけど、全部が遅れているわけじゃないだろ。奈良・飛鳥・平安くらいのレベルも当然ある。ボルネ、ソンガイ、デンディ、マリ、ベニン、ダホメ、モシ、コンゴ、モノモタパなどはそれなりの国で技術も相応にあるはずだ。そうはいっても奴隷、岩塩、金、象牙が輸出の主力商品だよな。歴史では結構な国力を有する黒人国家が西海岸に割拠し、欧州各国も入り込めなかった。なので、黒人国家から奴隷を買い、新大陸でプランテーション作るわけだ。アフリカの本格的な植民地化は19世紀だが、マラリア予防薬(キニーネ)や強力な武器など発展によるところ大だ……。つまり、本来ならば19世紀くらいまで待たないと、内陸へ進出し、カカオ、珈琲、煙草、砂糖、ゴム、香辛料、パーム油など栽培するのは難しいよな」
「アダムス委員会の提言書はよく出来てますよ。現在、中南米でキナノキの樹皮を採集させ、マラリアに有効な成分を抽出しています。その気になれば大規模な進出も可能ですけど、部族がひしめき合っている現状は欧州勢力の南下へ有効な防波堤となり得るはず。ならば、奴隷貿易をある程度防ぎ、有力黒人国家と限定的な貿易で正解かも知れません。さらに、ナイル川、ニジェール川、ザンベジ川、コンゴ川、オレンジ川などの河川へ展開し、少勢力を抑えれば……」
十分汗を流した2人は温いシャワーで洗い流すと、信孝の待つ湯船へ入り、仕上げる。休憩を挟み3ラウンドほどこなして、風呂から出るや休憩室へ向かう。
「おお、待っておったわい。ふむ、まさに格別じゃな」
こうして、湯上がりの生ビールを堪能した信孝と2人は浅草の裏通りにある町中華屋へ入った。焼餃子、鶏唐揚げ、焼売、海老マヨ、麻婆茄子などを食べつつ、再び生ビールを飲む。一旦、犬神のタワマンへ戻り、信孝は軽く仮眠し、夜へ備えるのであった。
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