第409話 サンジェルマン、現代へ戻る⑦

 暗くなる頃、織田信孝、幸田広之、犬神霊時の3人は再び中野のダイニングバーへ向かった。鬼墓亜衣子、鬼墓亜梨沙、肉山298、小塚原刑子、竹原の5人はすでに飲んでいる。


 昨日も来店しているが、店長の提案で特別料理を出すという話になっていた。用意されているのは特製グラタン、牡蠣のタジン鍋、真蛸の石焼、自家製コールドビーフ、セビーチェなどだ。  


 特製グラタンは無水牡蠣、帆立、河豚の白子、餅、ブラウンマッシュルーム、モッツァレラチーズをクリームソースで和え、その上に数種のチーズが大量という豪華さである。


 牡蠣のタジン鍋はモロッコ料理の定番であるタジンの底に昆布を敷く。その上に大量の無水牡蠣と長葱などを敷き詰める。これを白ワインやオリーブオイルで蒸し焼きにし、特製ダレへ付けて食す。


 セビーチェはペルーの海鮮サラダといった食べ物で、数種の魚、蛸、帆立、烏賊などが入っており、少しスパイシーな味付けだ。すでにセビーチェとコールドビーフ、さらにはフライドポテト、ドライフルーツとチーズの盛り合わせなどが出され、先に飲んでいた面々は飲み会モード全開である。


「ほぉ、賑やかじゃな。それは良いとして小塚原。そなたの飲んでるギネスは少し妙ではあるまいか」


「ピンポーン。これはホットバタースタウトでぇ〜す。ギネスを温めて砂糖とシナモンを少し加えグラスへ注いだあと、ホイップクリームを乗せたもので、ウインナーコーヒーみたいなものでっしょ」


「何、ウインナーコーヒー……。朝方、左衛門と飲んだやつじゃな。言われてみれば、いつもの泡とは違うのぉ。どれ儂も同じものを頂こう」


 数分後、信孝所望のホットバタースタウトが出された。


「ビールは冷たいほど美味だと思っていたが、浅はかであった。これまた格別なる味わいじゃ」


 しばらくして、牡蠣のタジン鍋と真蛸の石焼が登場。タジン鍋の蓋を外すと湯気と香が立ち込める。真蛸の石焼も負けていない。深めのスキレットに焼き芋で使うような小石が敷き詰められ、その上でぶつ切りの真蛸が焼かれいる。


 犬神は慣れた手つきでレモンを真蛸へ絞り、オリーブオイルとバルサミコ酢が入った小皿に軽く付けて食べた。思わず、信孝もフォークを真蛸に刺し、口へ運ぶ。続いて牡蠣も頬張った。


「この蛸も見事じゃ。歯ごたえもほどよい。牡蠣の火加減も絶妙である。これは、やはり白ワインの方が合うであろう」 


 見越していたのか、すかさず広之がグラスへ注いだ白ワインを差し出す。


「肉山、左衛門を見よ。隙がなかろう。これぞ臣下の範たるべきかな」


「はっ、ご無礼の段平にご容赦を」


「精進するがよかろう。ところで左衛門よ、昨日アフリカについて何かいうとったが手だてはあろうや」


「それについては湊や要衝を抑えつつ緩やかな形で益が得られるよう算段すべくそうろう。奥深く行くとおこり(現代でいう所のマラリアと同じような熱病を指す)が酷く進むにも困難。効く薬の原料が大量に揃ってからでないと迂闊なことも出来ませぬ」


 話を聞いていた竹原がグラスを置くと、広之へ語りかける。


「大河川の河口付近に港を確保する必要がありますよね。それはすでに進行している、と。で、有力黒人王国や少勢力とどのような関係性を構築するか……。やはり、中華王朝の冊封体制的なものが最適だと思います。日本国アフリカ府みたいなものを作り、ナイル川上流、ニジェール川河口付近、コンゴ川河口付近、ザンベジ川河口付近、オレンジ川河口付近などに支庁を設け、周辺勢力を格付けするわけですね。印綬の種類、冊封使の品階、称号……。印について、例えば漢王朝の場合ですが、金印は同等の国、銀印は少し落ちる国、銅印は発展の遅れた国。称号なんですけど、藩と大名で、どうでしょうか。大名以外なら国人とかで。まあ、向こうが勝手に王や王国と名乗るのは自由ですけど。ただ、外交上は認めません。幕府の使者として赴いた際は下座に座ってもらいます。それとなく広義の幕藩体制的なものへ既成事実的に組み込んでしまう、と」


「先ほど、犬神さんとも少し話したのですが、その方向で良いと思います。一般的にアフリカといえば奴隷貿易の印象が強いですけど、欧州勢が到達以前から奴隷は居たし、売られてました。帰還した丹羽長秀によれば脇坂安治もエジプトへ到達するまで商品の対価として奴隷を差し出す首長が多くうんざりしたみたいですね。買って解放した上で、正当な賃金と待遇により養なってるようですが……。幕府はいくらでも商品を用意出来ます。しかし、アフリカ諸王国の王家は穀物や家畜は大量に所有していても換金商品はあまり持っていません。そのへんはアユタヤ朝の王室による管理貿易と異なります。取引税や冥加金みたいな形となります。各地の大小首長も事情は同じでもっとも手間いらずな商品として奴隷を決済に使おうとしますけど、幕府は基本認めません。金・銀・銅があればよいですけど、無ければ象牙・毛皮・羽根・真珠・蠟・塩などと交換します」


「それでは需要と供給的に間に合いませんよね」


「そのとおりです。しかし、彼らは幕府の持つ銃・火薬・茶・砂糖・薬・煙草・蒸留酒・衣服・磁器などが欲しい。奴隷も使えない。他の換金商品にも限界がある……」


「土地や鉱山の採掘権ですか……」


「すでに大きな土地や鉱山を確保しつつあって、砂糖黍・煙草・キナノキ・珈琲豆・カカオ豆などの栽培をはじめ、馬・豚・牛の生産、酒の蒸留所……。それらを開始しています」

  

「もはや国もへったくれもない感じですね。ところで、冊封体制や朝貢貿易といえば琉球王朝はどうなってますか」


「あいからず2年に1度程度、明へ朝貢してますが、明も腫れ物扱いで、あまり扱いは良くないみたいですね。そもそも中継貿易地として役割を終えました。幕府が港湾及び和人町の租借代として金で支払ってます。彼らは幕府より様々な商品を買うとき金を使うから支出は相殺される次第。さらに、幕府より買った商品を明へ売るわけです。幕府は琉球より安い価格で流してますから、利益は薄い。そして、仕入れた明の商品を幕府へ売るわけですが、これも買い値は安いから、貿易すればするほど赤字ですよ。年々、琉球人は台湾や海南島へ移住しているし。幕府の調べでは人口5万以下だと推測しています」


「武力衝突とかありませんか」


「南方との往来で琉球王へ表敬訪問してます。3万くらいの銃武装した兵が首里城囲んだり……。怖くて何も出来ないはず」


「それでも幕府へ使者を立てるとか人質出すだのしてこないのですよね」


「してきませんね。明の冊封から脱して日本へ着いても良さそうですけど。そうならないところが冊封体制と小中華思想なんでしょうか。ともかく竹原さんもアフリカについて色々と知恵貸してください」


「竹原、そちも学者の垢が抜けまつりごとを心得てきたようじゃな」


「はっ、承知いたしました」


 話がひと段落ついたとろで特製グラタンが運ばれてきた。


「何これ……。美味しすぎるんですけどぉ」


「刑子ちゃん、無水牡蠣、帆立、河豚の白子、餅、ブラウンマッシュルーム、モッツァレラチーズが入ってるからね。そりゃ美味いだろ。痛風まっしぐらだけど」


 犬神が小塚原へ話すのをよそに、信孝も熱さと旨さへ悶絶していた。


「犬神よ、河豚も入っておるのだな。左衛門より、食べれるとは聞いておったが、何ともいえぬ。濃厚な味わいじゃ」


 広之や犬神は柚子胡椒を少しのせて食べていた。濃い味わいを生かしつつ、よりきわ立たせてくれる。こうして飲み会は続くのであった。

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本能寺の変から始める戦国生活 桐生 広孝 @koh2000e

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