第164話 春の鮪尽くし

 西暦1592年春頃。日本においては沿海府への増援が出港した後だ。一方、現代でいうウラジオストックへ行く諸将はだいぶ前に大坂を出発し、境へ向かった。


 徳川家康、伊達政宗、蒲生氏郷、稲葉貞通、黒田長政、蜂須賀家政、堀秀政という錚々たる大名たちである。さらに毛利輝元と小早川隆景はそれぞれ境で合流する手筈だ。


 名人久太郎こと堀秀政は史実だと既に病没している。しかし、丹羽長秀同様元気であり、今のところ亡くなる気配は皆無だ。今回の諸将中最も張り切っている人物といっても過言ではない。


 乗り気でないのは毛利輝元と小早川隆景だ。以前、織田家に楯突いた件以降、冷や飯を食らっている。妨害されているわけではないが、幕府内においては窓際のような扱いを受けていた。


 他の面々は特産品について幕府の支援もあり、領内は発展している。しかし、毛利氏は転封された際、家臣も全て従う事を強要されており、石高不相応な家臣を大量に抱え、財政は破綻状態だ。


 家中も輝元が権大納言の宣下が出された際、上洛する事へ賛成していた者と反対していた者の間で埋めようのない溝を生んでいる。あの時は最初から安国寺恵瓊が織田方に内通しており、上洛反対派は煽られる形で主戦派へ駆り立てられた。


 事が露見後、切腹して責任取る者は居らず、開き直ったことで、上洛賛成派が激しく憤慨したのは当然だ。


 小早川家は毛利の家臣が弱小国人に至るまで移転したまではよい。しかし、それによって毛利家と力関係も逆転した結果、耐え難い緊張状態となってしまった。


 幕府は諸大名間における金銭の貸し借りを禁じており、余裕のある小早川家が助けるわけにもいかない。また小早川家も内情は複雑だ。元々、隆景が養子に入った竹原小早川氏は沼田小早川氏の分家筋である。


 後に本家の沼田小早川は分家の竹原小早川に吸収される形となった。さらに隆景の跡取りとして織田家より亡き信長の八男信吉を迎えている。つまり毛利家から来た家臣、織田家から来た家臣、竹原の家臣、沼田の家臣など大きく4勢力に分かれ、一致団結とはいかない。


 毛利家と小早川家双方、本当に戦えるのかさえ怪しい状態であり、失態を演じて取り潰しや減封の憂き目とならぬか不安なのだ。


 さて、肝心の女直3人衆だが、全員今回戻らず残留を決意した。ナムダリとアブタイに付いてきた8人の内、2人は報告のため帰国する。


 織田幕府総裁幸田広之は秋にも補給艦隊をウラジオストックへ送る予定であり、夏に南方や新亜州(アメリカ大陸)へ送り込む艦隊の準備へ取り掛からねばならない。少なくとも満蒙方面に関しては丹羽長秀と徳川家康が居れば問題ないはず。


 そんなある日、広之の下に立派なクロマグロが届いた。織田信孝も来ると言っている。城から早めに帰宅した広之は哲普に次ぐ2番手となる料理人へ教育を兼ねて捌かせた。


 今回は70~80kgくらいだろうか。およそ4~5歳といったところ。かなり脂の具合がいい。捌かれるのを見て、どう料理しようか考える。頭をフル回転させた結果、ねぎま鍋、ねぎま焼き、かま焼き、目玉煮、刺し身、心臓の刺し身、尾の身、白子の酢味噌、鮪三彩丼、鮪太巻き、中とろ炙り、頬肉炙り……。


 ねぎま鍋は日本酒を多めに入れる。刺し身は赤身、中とろ、大とろ、脳天。心臓の刺し身はレバ刺しと同じく胡麻油で食べてもらう。尾の身は尻尾の部分で炙った板海苔に巻いて食べる。白子の酢味噌は蒸した白子を使う。鮪三彩丼は中とろ、ヅケ、ネギトロ。


 パパ活港区女子や韓国で整形したみたいな女性が下衆なセレブ気取りに連れて行かれる店のフルコースみたいだ。


 仕込んでいる最中、お初や哲普が味見しては満足気な顔である。そりゃ、そうだろう、と広之は思った。そして、信孝や竹子、さらに茶々なども続々と到着。


 皆が座ると、刺し身、心臓の刺し身、尾の身、白子の酢味噌、鮪太巻きが並べられる。控えめな歓声が漏れた。スマホを持ってたら取りまくってインスタにアップロードしそうな勢いだ。


「左衛門よ、如何程の大きさであったのかのぉ」


「およそ20貫(75kg)くらいでございます」


「かなりの大物じゃな」


 信孝はそう言いつつ大とろを口にする。醤油は2種類あって、普通のものと九州風の甘口だ。九州風は水飴、味醂、黒糖が入っており、信孝は九州風を選ぶ。


「見事な脂じゃな。少しくどいが甘い醤油と実に合う」


 竹子と五徳も大とろを九州風醤油につけて食べた後、日本酒で脂を洗い流す。続いて赤身を普通の醤油で食べた。


「こちらは心の臓で酒に合いますぞ」  


 一同、広之に促され胡麻油へつけて食べる。


「少し癖がございますが、胡麻油と相まって美味ですなぁ」


 茶々が満足気に食べては酒を飲む。イルハ、ナムダリ、アブタイの3人も美味しそうだ。江と福は太巻きを食べている。大とろ、長葱トロ、赤身がシャリより多く入っている特大サイズであった。しかも海苔ではなく、おぼろ昆布で巻いており、それなりに食べやすい。


 広之は一同の食べっぷりを満足に眺めながら自身は、炙った板海苔で尾の身を巻き、九州風醤油で食べ、日本酒を飲んだ。続いて白子の酢味噌も食べる。酒蒸しだから、癖は抑えられていた。


 そして、ねぎま鍋が用意され、かま焼きが出される。お初が来て炭火で、ねぎま焼きを焼きつつ、中とろを軽く火にくぐらせて皆へ出す。


「そちらは、中とろの炙りでございます。軽く塩でお召し上がり下さい」


「左衛門殿、これは美味ですな」


「御台様、大とろだと脂が強すぎるので中とろならば、頃合いが実に絶妙な塩梅。醤油を付けても良いですが、やはり塩ですな」


 その後、かま焼きが出され、さらに室女中が目玉煮を持って来て信孝と竹子へ差し出す。


「さあ来ましたぞ。焼いても良いですが、煮たほうが美味かと思います」


「確かに、これは美味じゃ。酒蒸しや焼いたのも悪くはないが癖が出てしまう。煮たものは癖を活かしつつ醤油出汁と相まって何ともいえぬ味わい。これは酒進むのぉ」


 他の者はねぎま焼きを口にしていた。続いて、ねぎま鍋も出され、いよいよ酒が止まらなくなる。


 もう食べれないというところで、鮪三彩丼が出てきた。丼ぶりは小さめで酢飯も少なめだ。米の外側には九条葱、刻み板海苔、錦糸卵が飾られ、真ん中に中とろ、両側はヅケとネギトロで見た目も美しい。


 半分ほど食べたところで温泉卵が出された。皆、広之の真似をして丼ぶりへ入れるとかき混ぜながら食べる。それまで何食わぬ顔で佇んでいた九条葱、刻み板海苔、錦糸卵がここぞとばかりに大活躍。まさに、延長線で満を持して登場したスーパーサブだ。


 その頃、台所では残った鮪で、てこね寿司が作られ料理人たちが賄いとして食べていた。


 こうして鮪尽くしの宴は続くのであった。 


 

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