第165話 信孝の晩酌

 将軍および織田家当主名代という立場の織田信孝だが報告を受けたり決裁する以外、大した仕事はない。時折、京の都を訪れ参内したり、数々の儀式、公式な御目見得などは毎日あるはずもなく、比較的ゆとりがあった。


 基本、信孝は上がってくる数字を把握しておけば良い程度だ。織田家や全国の石高、人口、貨幣の発行量、金・銀・銅・鉄の採掘量、外洋船舶数、銃の保有数、馬の保有数、産物の生産量と売上、税収や各地の物価指数など詳細な資料が定期的に作成されている。


 それらを見れば幕府総裁幸田広之がいうところの国力は一目瞭然だ。何しろ亡くなった人と産まれた人の数まで把握出来る。全て予算を計上し、行き当たりばったりという事はあり得ない。


 各大名にしても、領内の把握というのは最も大事な仕事であり、数字が全てだ。大名というのは現代でいえば知事、県警本部長、地方検察庁検事正、地方裁判所長、陸上自衛隊師団長を合わせたような権力を有している。


 本来であれば大名家中は軍事組織だが、ほぼ国内で戦争などない以上、地方自治体のような役割を求められていた。結果、槍一筋みたいな家臣は肩身が狭く、幕府へ提出する行政文書作成こそ最も重要だ。


 この日、信孝は参院で採決された奴隷や捕虜に関する改正法案を認可。この他にも幸田広之立ち会いの下、大蔵省、関西省、北方省、開拓省の長官たちからの報告を受ける。


 この後も幸田広之からコークスの大量生産に目処がたち、高炉の実験も順調である事を聞く。現在、石炭を燃料に反射炉が稼働している。その反射炉で青銅製の大砲を製造していた。青銅といっても実際は真鍮だ。つまり銅と亜鉛の合金である。


 なぜ青銅(真鍮)なのかといえば、柔軟なので砲身が壊れ難い。柔軟性があり、薄い砲身で十分な耐久力もある。それに対して鉄は硬く砲身が割れたりするから厄介だ。


 鉄で大砲を作れば厚い砲身となり、移動させて使うのは難しい。結果、城塞へ取り付けて使う他ない。鉄製大砲が普及するのは精錬・製鉄・鋳造の技術が上がった18世紀からだ。


 現在、幕府で作っているのは青銅製のカルバリン砲とカロネード砲であった。カロネード砲は史実において18世紀後半。ナポレオン戦争でも使われている。特徴は射程距離が短いものの圧倒的な火力だ。


 大口径であるため砲腔を精確に鋳造加工しやすい。長距離射程だと砲身は長くなり、砲腔が歪になったりする。


 68ポンドのカロネード砲は射程距離が約360m程でしかない。しかし、アウトレンジ戦法などといっても揺れる船より長距離発射で当てるのは困難だ。有効射程距離2kmくらいあっても当てようと思ったら接近する他ない。現実的に狙って当たるのは300m以内だといわれている。


 カルバリン砲に比べて重さが3~4割のカロネード砲は艦砲として最適であろう。


 真鍮であろうが大量の銅を使うためコストは高い。しかし、これからの時代は大砲の性能が国運を左右するという広之へ信孝は一任していた。そうはいっても、あまりにコストが高いのは広之とて痛感している。高性能の鉄製大砲を作り出すべく、本気になりつつあった。


 広之が新しく製造する大砲の予算を説明しにくるときは、いつも申し訳なさそうな感じで、信孝はいくら高いと思っても表情へ出さないよう気配りしている。


 これまで広之は信孝へ、後世に西欧のビスマルクという人物が鉄は国家なり、などといった程、重要だと力説してきた。この時代に将来の日本が強国であるため、鉱物と原油、そして広大な新領土を得るためならば、安い物だと達観する信孝なのだ。


 広之が帰った後、少し読書に耽る信孝であった。最近は広之を真似てイケボの小姓へ読ませる事が多い。広之は現代から来たため、この時代の読み書きに難がある。そのため家臣に読ませているのだ。


 まさに人間Audibleといえよう。ただ問題は自分が読んでわからないものを人に読ませて聞いてもやはりわからない。それでも楽なのでそうしている。側室や女中に書物を読ませながら晩酌していると聞いた信孝はそんな手があるのか、と驚いた。さっそく真似し始めているのだ。


 夕食は適当に済ませた後、風呂で汗を流し、1人用の部屋へ籠もり、人間Audibleを堪能する信孝であった。竹子も信孝を真似て人間Audibleにハマっている。こちらは女中に読ませていた。


 信孝は酒と肴を持ってこさせ、ゆっくり楽しむ。この日は、烏賊の燻製、豆腐味噌漬けの燻製、蕎麦豆腐、難波葱のぬた……。広之程の食道楽ではなく、それほど凝った物は食べない。毎日食べても飽きないような物を好んだ。


 信孝は2時間ほど人間Audibleを楽しんだ後、床へつくのであった。




 


 

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