第246話 角倉了以の帰還
西暦1594年4月。大坂に大連からの連絡船が入港した。その船には幕府役人や各武将の家臣、女直人、明国人など多数乗船していたが、その中には角倉了以と陳徳永も含まれている。
角倉了以にとっては3年振りの帰還であった。了以にとっては久々の大坂であったが、町は東南へ拡大している。人の数も格段に増えており、活気と喧騒たるや凄まじいものだ。先ずは幕府総裁の役宅を訪ね、幸田広之と面会したのはいうまでもない。
「ご健勝でなにより。沿海州、清州、遼東は如何でしたかな」
「世の中は広いものですな。それとは別に土地も広い。広大無辺とでもいいましょうか。ひと月も川を船で遡ったり、見渡す限りの平原など、天地開闢の如き眺め。左衛門様は今ではなく2百年、3百年後のため必要だと申されましたな。よくよく合点したる次第」
「金・銀・銅・鉛なども要りますが、石炭や地より湧き出る油は必ずや国の命運を左右するはず。特に鉄、石炭、油。これらに価値を見出してない土地も沢山ございます故、出来る限り抑えるのが寛容。日本人は数十年前、種子島(火縄銃)や南蛮船を見て驚きました。これから後、かような事がござれば命取りは必至。前もって必要なものは全て抑えしまわねばなりませぬ」
「よう数十年で追いついたものですな」
「まだ足りませぬ。欧州では日本、明国、天竺などを総じてアジアなどといいます。これ以上、好き勝手にさせたらな、必ずや後顧の憂いとなりましょう。数十隻の西欧軍艦と1万の兵が居れば潰されてしまう国が大半。先ず、イスパニアやポルトガルをアジアから追い返し、逆に欧州へ足場を築かねば……」
「その後、如何なされますかな」
「出来うる限り身分の差を無くし、民を豊かにいたします。何を信じるかは民の自由。食物を豊富にし、飢えない国作りを進め、無駄な争いも起こしたくありませぬな。それと、奴隷なども無縁な世であって欲しい。法により皆が平等で公平な世。それを成すためには力も必要。相手の戦意も挫く程の力で圧倒出来れば良いですな。然るに、日本は欧州、オスマン・トルコなどの西アジア、明国に比べ、まだまだ遅れております。その最たるものが法と学問。エジプトのカイロに居る脇坂殿はフランス人、ネーデルラント人、イタリア人、アレマン人(ドイツ人をフランス人はそう呼ぶ)、ユダヤ人、トルコ人、アラブ人などの学者や職人を大量に集めており、間もなく大坂にも第一陣が着くはず。既に明国からは沢山来られてますな」
「この了以、微々たるものですが、必ずやお役に立ててご覧に入れましょう。ところで新亜の事は聞いておりますが、今後は如何に……」
「何れ日本人は日本より多くなるでしょうな。日本を10とすれば、新亜全てで50、豪州10、沿海州1、清州5、遼東2、明国租借地1、台湾2、呂宋1、バンコクとカンボジア1、欧州1。そのくらいの比率になるはず」
「既に舵は切られてますな。様々な地に住みし日本人が、如何なる国や世を作り出すのか。それがしが生きてる間、一端でも見てみたいものです
「我らが生きてる間、礎を築き、託すしかありませぬ。幸い織田家のご当主(信之)は若いとはいえ英明であらせられる」
「安泰で何より。さて、久方振りの大坂は偉い変わりようでございますな」
「2年後には馬車を走らせるため、煉瓦敷きの道が必要。その普請が進んでおります。停車所も作り、誰でも乗れるよういたせば、さらに奥まで町は広がります故、町割りも仕切り直しですな。瀋陽、大連、天津、上海、香港なども同様にいたします」
「されど、馬車は乗りにくいのではございませぬか」
「先ず車の輪には、新亜で取れる木(オーク材)を使います。また、何れは輪にある木の樹液を巻き付ければ、乗り心地は良くなるでしょう。他に車の軸や台と上部の間へ曲げた板を挟めば(サスペンション)揺れも少なくなるはず」
「木の樹液でございますか。それはどのような物で……」
「置いておくと固まり、柔らかいそうですな。熱に弱く脆いので、硫黄や石炭の粉を混ぜると軟度と強度が増すとか……」
ちなみに東南アジアで植えられているゴムノキはインド原産の“インドゴムノキ”とは違う。ブラジル原産の“パラゴムノキ”だ。史実においてマレーシアで植えられたのは18世紀。
それまで、インドゴムノキが鑑賞用として育てられる事はあったにせよ、ゴム(ラテックス)を採取する目的の栽培は無いはず。ましてや輸出用に一次加工されたゴムが市場へ商品として出回ってたという記録も無いだろう。
とりあえずゴムノキを入手し、東南アジアで植樹を開始する。樹液が採取出来るまで5年以上掛かるそうだ。増やして一定の量を確保出来るまで数十年は必要だろう。ゴムで馬車の車輪を作るというのは簡単な話ではい。硫黄やカーボン粉末はなんとかなるにせよ植樹に多大な時間を要する。
「堀には舟がぎょうさんおりますし、人の数も多い事で……」
「昨年度の調べでは年に五分程、人が増えております。毎年100万人以上増えており、大きな国ふたつ程でしょうな。米の時代はもうじき終わりましょう」
「筑前守様(羽柴秀吉)も同じような事申しておりました。加増など要らぬから、清州や遼東での荷役や駅に市を出したいとか」
「筑前殿の活躍と功績は明らか。加増はいたしますが、望むなら出来る限りの事はいたしましょう。北海道の中村も栄えており、中々目端が利きますな」
秀吉は只者じゃないと思う広之であった。やはり、勢力を削いでおき、正解だったのであろう。その後、了以は幸田家の屋敷でもてなされ、数日後京の都へ戻った。
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