第242話 ヌエバ・エスパーニャ侵攻・後編
大規模な艦隊が押し寄せ、上陸する事など想定外だったであろうアカプルコは呆気なく陥落した。支配者として君臨してきたイスパニア人たちの大半は奴隷同然の身として虐げられてきた原住民によって殺戮されたのである。
アカプルコは元々オルメカ人が住んでいた。イスパニア人が支配する前はアステカ帝国の領域である。この地からヌエバ・エスパーニャの首都があるメキシコシティまでは比較的整備された道があり、移動は容易だ。
メキシコシティはアステカ帝国の首都テノチティトランを埋め立てた上にある都市で、征服者コルテスがテノチティトランを訪れた1519年11月時点の人口は20~30万だったという。
アステカ帝国はメシカ族のテノチティトラン、アコルワ族のテスココ、テパネカ族のトラコパンの三部族都市国家による同盟が原点である。形式的にはそうであっても事実上はメシカ族のテノチティトランが主導的立場だ。
基本的に部族都市国家連合のため、独立都市国家も多数存在する。コルテスがテノチティトランを攻めた時も多数の反アステカ帝国系部族都市国家が協力していた。決して少数のイスパニア人だけで征服したわけではない。
アステカ帝国ではチナンパといわれる農法が行われていた。湖に浮島を作り養分の高い泥で栽培されるため収穫が多い。しかし、推定ではあるが、コルテスの征服後、疫病などで1200万の人口は1世紀も経たずに8割以上減ったという。
その上、カトリックの強要的な布教やそれに伴うエンコミエンダ制(征服者や入植者に対するカトリックへ改宗させた原住民を使役させる権利。限りなく奴隷に近い)など、過酷な仕打ちが行われた。
織田幕府の計画ではメキシコにおいては商業活動に専念する予定だ。今回の遠征ではメキシコシティ、アカプルコ、ベラクルス、サカテカス、メリダ、カンペチェが制圧対象となっている。
アカプルコを陥落させると幕府軍は分割された。堀尾吉晴と佐竹義宣たち、およそ1万の兵はイスパニア王国ペルー副王領首都のリマへ向かったのである。
目的は鉱山都市ポトシの制圧だ。さらに、南下してチリの鉱山も抑える予定である。チリは世界有数の鉱物資源(現代において)に恵まれており、銅の埋蔵量と生産量は世界の3割。世界最大の銅山であるエスコンディーダ鉱山の生産量は年間約120万トンにも及ぶ。
仮に現在のローテクで年間10万トン採掘出来たとする。江戸時代の四文銭の銅品位が3.5gとした場合、およそ300億枚。江戸時代における真鍮四文銭の総鋳造高は157,425,360枚といわれており、ざっと1年だけで190倍。
これが200年も続けば3万8千倍……。まさに、ケタ違いの数字となってしまう。これは、あくまでエスコンディーダ鉱山だけに限った話だ。チリ全体なら、この4~5倍として、最大1年で950倍という驚異的な数字である。
1両4千文として1億5千万両相当だ。江戸時代1石1両といわれており、1億5千万石。つまり、アメリカ大陸のアラスカ、カリフォルニア、メキシコ、ペルー、ボリビア(ポトシ)、チリなどの金・銀・銅を抑えた段階で世界制覇は終了したも同然だ。
天文学的な量の貨幣金属があれば世界の基軸通貨や事実上の世界中央銀行も夢でない。同時に私掠船対策としてブラジル沿岸とカリブ海、または欧州へ足場を作る必要がある。
さて、ペルーへ向かう艦隊を見送った長谷川秀一、仙石秀久、戸田勝隆(丹羽家の家老戸田勝成の兄)、北条直重、菅谷範政、太田資武、宇喜多秀家などの諸将はメキシコシティへの道を急いだ。
アカプルコで蜂起した原住民たちも案内役を担っている。アステカ神話の意匠を凝らして作られた旗や馬印は好評だ。行く先々で解放者として歓迎された。アカプルコの原住民がイスパニア人を倒した事、無数の鉄砲や大砲、大艦隊などについて触れ回ったのが効いている。
こうして、メキシコシティ郊外へ到着するとヌエバ・エスパーニャ副王領の軍勢が布陣して待ち構えていた。原住民を含めた2万の兵である。
しかし、噂はメキシコシティの原住民にも伝わっており戦意は低い。無理やり集められた烏合の衆に過ぎず、原住民は前衛の弾避けだ。
「長谷川殿、どうやらイスパニアはアステカの民たちを囮にするつもりらしいですな。弓が武器のようですぞ」
「戸田殿、彼らの弓は中々のもの。また、これまで虐げられてきたアステカの民を苦しめるのは本意ではござらん。先ずは焙烙火矢を撃ち入れましょう」
幕府軍が用意していた焙烙火矢はロケット式であり火薬の火力で推進する(射程は数km)。破壊力は無いが赤や黄の煙を撒き散らし、臭いも強烈で、目も染みる上、喉も痛い。心理的にダメージの方が大きい。
半刻程して戸田勝隆隊が弓の有効射程外の手前付近から包絡火矢を一斉に放つ。長谷川秀一の目論見通り、原住民たちは大混乱に陥った。そこへ銃撃が行われ、相手は総崩れとなる。
迂回したイスパニアの騎兵幕府軍の側面を突こうとするが銃撃で壊滅。そうこうする内に射程圏内まで前進した砲兵がカルネード砲を放つと敵は潰走した。結局、その日の内にヌエバ・エスパーニャ副王ルイス・デ・ベラスコ2世は降伏を申し出る。数日後、条約が調印された。
ヌエバ・エスパーニャ領内のイスパニア人保護や一部の権利を認める条件で現状の統治機構が温存された。ただし、武装解除された他、一部施設、馬や船などは接収。奴隷的な労働や厳しい収奪も禁じられる。
カトリックの活動についてはイスパニア人が200人以下の土地では一時中断する事と異端審問の停止が命じられた。
ベラクルスへ進出した幕府軍は防備を固める。同時に造船の準備へ取り掛かった。こうして大西洋への窓口が確保されたのである。
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