第267話 幕府軍、モスクワへ侵攻す②

「それにしても五郎左殿(丹羽長秀)、ロシアの先代皇帝末子が生きていたなどというたわけた話をポーランド国王やロシアの大名どもは信じますかな」


「筑前守(羽柴秀吉)よ、人というものは見たいものを見て、見たくないものは見ないものじゃ。そうあって欲しいという願望に適うものはない」


「つまりは、誠か否かは肝要でない、と……」


「然様じゃ。ロシアの民は先帝(雷帝イヴァン4世)のような強き君主を求めておる。病弱な皇帝や摂政のボリスなどは民から嫌われるはず。つまりは認め難き誠。然らば、先帝の末弟が生きているという話は認めたき嘘。無論、10歳(数え)で亡くなった小童こわっぱの器量なんぞ、分かるはずもあるまい。あの弟さえ生きておれば、などと思いたいのじゃ」


 長秀は広之より偽ドミトリー騒動を聞き、信孝と笑い死にしかけただけあって堂々と答えるのであった。


「評判などというものはあてになりませぬからな。それに、我が領地では義経公が平泉で討たれず、蝦夷へ逃げたなどという言い伝えもございます」


「さもあらん。まあ見ておれ。ポーランドの王は家で代々継いだりせぬ。選ばれるのじゃ。選挙というそうでな。貴族で誰を王にするか決める。日本でいえば武士がひとりにつきひと札。皆で将軍を決めるようなものであろう。次の王を狙う者が必ずや謀殺されかけ生きていた先帝末子の話に食い付いてくる。ひとりでは効かぬかも知れぬ。各地で先帝末子の腰掛け石、潜んでいた洞穴、飲んだ湧き水など次々に名所が出来よう」


 もはや、長秀は笑いを抑えるので必死だった。


「ところで、ロシアから奪い取った土地は如何なさいまする」


「幕府の定めた占領地乙式弐型統治しかなかろう。村や城市は全て寄り合いに任せる。イスパニアの国王なんぞ、ポルトガルを始め何ヶ国もの王だという話じゃ。王なんぞ誰でも構わぬ。ロシアはポーランドの如く好きな王を決めればよい。モスクワには同盟軍西露斯亜総司令部を置き、睨みを効かす。切り取った土地は日本国東露斯亜州で決まっておる(日本では魯西亜という表記もあったが、侮蔑的な意味合いだという。また、本来露西亜だが、西露西亜の場合、被るので露斯亜とした)」

 

「大坂で決まっておられるのですか……」


「幕府では気まぐれにより決まる事などあり得ぬ。大まかにせよ、大抵の事を考え、あらかじめ決められておる。先帝末子の話も含めてな」


 少し怖くなる秀吉であった。九州あたりの話ならともかく、現在居る所は地の果てだ。そんな遠くの地で起きている事を知り、手立てが講じられるなど、考えられない。そもそも、角倉了以が帰国した後、翌春に大軍の派遣は早過ぎる。迷いが感じられないのが不気味だ。


「五郎左殿、カスピ海の方は如何に……」


「あそこが肝じゃ。必ず守らねばならぬ。何年か前、トルコが黒海より堀を作ろうとして損じておる。冬の間に、我らの手で作り上げてしまう。土地の者にも十分な銭金与えれば、ロシアと異なる事も分かろうというもの。トルコ、クリミア・ハン、ペルシャから買い集めた兵糧や物はその堀でカスピ海へ運ぶ。そしてカスピ海からヴォルガ川を伝いモスクワへ向かう線を保つ。今、トルコとクリミア・ハンはハンガリーというところを巡りハプスブルク家と戦っておる。今、トルコとハプスブルク家で二分し争っているわけじゃが、決着はつくまい。この先、両陣営は疲弊してゆく。そこで、ハンガリーと接する肥沃なウクライナじゃな……」


「クリミア・ハンとも接する国でごさいますな」


「然様。何れウクライナは三分割したい。ドニエプル川の東はクリミア・ハン、西をトルコ。キエフ(現キーウ)を含む北側を幕府。その上でポーランドと和睦する。ここへフランスも巻き込む」


「図面(地図)を見るとフランスはいささか遠うございますぞ」


「先代のフランス王は元々ポーランド王だったのじゃ。男色でポーランドを追われるように去ったと聞く。それとなポーランド国王のジグムント3世はイエズス会に育てられておる」


「何と、イエズス会といえば我らの敵も同然ではございませぬか」


「敵の味方は敵となろう。ジグムント3世を引きずり降ろしてから、フランス王の身内を再度ポーランド国王に押し立てるもよし」


「五郎左殿、先代のフランス王が男色ならば世継ぎは……」


「そこじゃ。今のフランス王と親子ではない。従兄弟である」


「容易くは行きませぬな。ロシアに近づいてから、馬賊どもは鉄砲も持っております。まあ、数は少ないので、窮する事はございますまい。されど、カザークと申す者たち骨がありそうですな」


「女直やチャハルの衆には幾割か移り住んでもらうよう話をする。頭領にはイェヘのブジャンタイ(ウラ国王マンタイの弟)で良かろう。噂に違わぬ器じゃ。先代イェヘ国王の娘との間に世継ぎも生まれておるし、そのへんも大事あるまい。また、幕府は我らの留守中、遼東へ3万程兵を送っているはずじゃ。来年には、3万の兵がこちらへやってくる。我らが去るのは再来年という事になろう。それまで、冥土の土産にあちらこちら見物するとしよう」


 幕府同盟軍は各地を陥落させながらモスクワ迫っていた。モスクワへの包囲網が築かれつつある。






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