第184話 明国の使者

 大坂は暑さも和らぎ過ごしやすくなっている。そこへ明国の使節団が大坂に到着。一行は大坂湾に停泊する船の数、運河を行き交う舟、町を埋め尽くす人並、立ち並ぶ商家や寺院などに驚く他なかった。見る限り城壁も見当たらない。


 征夷大将軍織田信孝への謁見は大坂城ではなく外賓用の迎賓館にて行われた。中華王朝への配慮および関係の優劣的な要素を警戒しての事だ。そこで、あえて拝謁の儀式的なものを省き、直ぐさま協議へ入る。


 使節団を率いる明朝内閣大学士の王錫爵と織田幕府総裁幸田広之による協議が開始された。そうはいっても朱翊鈞(万暦帝)は事実上身柄を抑えられ、北京に幕府軍が駐屯しており、明国側へ最低限の配慮は示しつつも、ほぼ一方的なものだ。


一.織田幕府は明国朝廷へ十分な敬意と配慮を怠らない。

一.北京と大坂に公使館を設立。

一.今後、互いの領土へ許可なく侵犯しない。

一.今後、遼東は日本が管理する。

一.台湾島と海南島を日本の正式な領土とする。

一.天津、煙台、上海、厦門、潮州、香港、マカオの租借。

一.租借にあたっては明国へ金と銀で対価を支払う。

一.南京、杭州、温州、福州、漳州、広州への外洋船入港と貿易。 

一.商業行為の自由(明国内での)。

一.河川の航行と貿易。

一.関税の免除(日本への輸出入について)。

一.朝貢国以外の船舶入港禁止。

一.租借地及び日本領へ明国人の渡航を認める。

一.明国が蒙古に攻められた場合は援助する。

一.日本が蒙古領へ進行する際、明側は通行や補給の便宜を図る。

一.キリスト教の布教と欧州人の入国を認めない。

一.日本国と朝鮮国の紛争には不介入の事。

一.日本国と琉球国の紛争には不介入の事。

一.琉球国への冊封は領封にすべし

(領封は明国内。頒封は使者を送る。頒封の方が格が高い)。


 幕末時の米国や大日本帝国も驚くような不平等条約だが台湾の大艦隊を南京へ向かわせてもよいなどと恫喝し、承諾させた。こうして日明修好通商条約が締結。いくつかの事項は紳士協定となっている。


 実はカリフォルニアやアラスカで金の採掘が始まったとの報せが届いており、現物も送られてきた。今年度も新亜州(アメリカ大陸)へ大規模な船団を送り出し、増産大勢に入る。


 日本は遠からず銀より金の方が主流に成らざるを得ない。現在、明国は銀の価値が非常に高い。だが、今後は日本からもたらされる銀により、価値は下がる。明国は宝鈔(紙幣)の発行を止め、税の取り立てを強化するはずだ。やはり、銀は落ち着く。


 それならば、まだ銀の価値が高いうちに在庫をある程度明国へ流す。遠からずイスパニアが抑えているポトシ銀山は奪い取る。エジプト経由の欧州航路は目処が出来た。インド、サファヴィー朝、オスマン朝、欧州に中国産の茶を売りまくって銀に替える。


 明国へ流入させる金と銀をほぼコントロール下に置き、あとは何とでも出来よう。茶にしても何れはインドのアッサムでチャノキを発見次第、紅茶を大量生産して中近東方面や南アフリカ経由で英仏蘭へ流す。アフリカに珈琲、綿花、砂糖のプランテーションも作る。


 明国から買うのは最終的に鉄、鉛、水銀、硝石、生薬くらいであろう。新亜州にアフリカ人は連れて行かず日本人で賄う。アフリカで現地人を雇いプランテーションを成立させたい。


 構想において、明国は要だ。欧州諸国に触れさせず、日本が媒介となりつつ、ある程度発展してもらう。匙加減としては明朝が民衆の反感を買い、常に一揆や打ち壊しの手前くらいの頃合いが良い。


 流石の広之も明国使節団が来日してから仕事量が膨大となり総裁役宅へ泊まり続けている。朝鮮と琉球へも緊急に使節を派遣するための準備中だ。先ず朝鮮へ文永の役と弘安の役に対する賠償として済州島の割譲と釜山などの指定する湊の開放を求めたい。


 琉球に対して服属は強要しないが領土を確認する。 続日本紀には文武天皇3年(西暦699年)、多褹(種子島)・掖玖(屋久島)・菴美(奄美大島)・度感(徳之島)から朝廷へ来貢があり位階を授けたとの記載あり。


 和銅8年(西暦715年)には南島の奄美(奄美大島)・夜久(屋久島)・度感(徳之島)・信覚(石垣島)・球美(久米島)の島民が来朝して貢上したとある。養老4年(西暦720年)、南島人232人へ位を授け、神亀4年(西暦727年)にも似たような記載が存在。


 これを根拠に奄美諸島、久米島、石垣島は古来よりの日本への朝貢国で、与那国島、西表島などを含めて撤退勧告する。幕府は既に第一尚氏の子孫を台湾で保護しており、最悪の場合は本島へ上陸させる予定だ。


 恐らくは時間稼ぎしつつ明国へ通報するだろう。しかし、日本との事は預かり知らぬという素っ気ない対応をされるが、何度か繰り返すはず。少し時間は掛かる。


 明日は信孝と京の都へ向かわなければならない。朝廷に条約内容を報告するためだ。ここ数日、茶漬けしか食べておらず、酒も飲んでいない。朝廷へ提出する書類の最終確認が終わったのは深夜であった。しばし、床に入る広之であった。



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