第185話 イルハたちの晩酌

 明国の使節団と一緒に数十人の女直も来日していた。北河国、ウラ国、イェヘ国の者が中心だがイルハ、ナムダリ、アブタイたちの親戚筋も含まれている。そもそも沢山の女直が来日するのは予定通りだった。


 北河国とウラ国の公使館も用意されており新たに来日した者は、そちらの方へ住む。公使館は暖房設備が整っている。イェヘ国の者はウラ国公使館へ入った。北河国とウラ国の公使館は隣接しており、施設の庭から往来する事が可能だ。


 織田家や幸田家で歓迎の宴が催されたり、イルハたちが町案内をした。そして数日か経過。公使館から戻ったイルハ、ナムダリ、アブタイの3人は屋敷内で酒盛りを始めた。


「それにしてもマンジュやハダが滅んだ上、遼東はおろか北京まで攻め込むとは、いささか驚いた。このまま攻めれば明も滅ぼせるのではないか?」


「兄上、幕府の目的は明国との貿易ではありませぬか。それに女直は数も少なく田畑が少ないのです。先ずは遼東の外で力を付けるのが肝要。そうでなければ金国の二の舞いとなりましょう」


「そちも、イルハ殿のような事を申すようになったな……」


「幕府は来年、沿海州4万、北河1万、遼東5万という途方もない数の民を送り出すとか……」


「そうらしいな。イルハ殿、北河国と沿海州の線引はどうなってるのだ」


「北河国は松花江流域と牡丹江流域で西はグワルチャ部(卦爾察)も含みます。ウスリー川やハンカ湖のあたりは沿海州になるとか。それとは別に兄のエドゥンが牡丹城へ入り、ワルカ、ホイファ、白山、旧マンジュへ睨みを効かせているようです」


「ウラ国もよくわからぬ。シベ、スワン、ホイファはウラ国であるそうじゃな。イェヘとハダの扱いは何ともいえぬ。北河国にしても栄寧城や牡丹城は沿海州のものであろう」


「兄上が帰国したらハダ城へ入るとかありませぬか?」


「まあ幕府次第であるな。何れにせよ、これからは田畑をいかに切り拓くか、なのであろう。気の長い話だ。しかし、明も今後どうなるのだろうか?」


「明の皇帝は臣下と険悪になっており、幸田彦右衛門様がお守りしているような有り様だとか……」


 イルハの話に耳を傾けながらナムダリとアブタイは蕎麦焼酎を口にする。200年以上も明国に従い女直同士で争ってきた。僅か1~2年程度で飛ぶ鳥を落とす勢いだったヌルハチやスクスフ部が滅び、遼東はおろか、北京にまで侵攻したとはいまだに信じ難い。


 そもそも、昨年の段階でウラ国は滅んでもおかしくないような大敗を喫した。しかし1年後にはシベとスワンを全て領土化した上、ホイファやイェヘの東半分やハダの少なくとも半分程はウラ国が抑えている。もはやマンタイがフルン・グルンの盟主である事は間違いない。


「あとは蒙古系部族がどう出るやら……」


「ナムダリ様、ノン・ホルチン部の首長ウンガダイ殿は既に五郎三(丹羽長秀)様へ挨拶したとか。そうなればアル・ホルチン部、チャハル部、ハルハ部はどう出ましょう?」


「ノン・ホルチン部とアル・ホルチン部は仲が良くない。父上はウンガダイ殿と組んでアル・ホルチン部を攻めるやも知れぬ」


「兄上、もう既に何か動きがあっても……」


「気になるところではあるな」


「父上と叔父上(ブジャンタイ)が居りますし、兄上は今後の国作りのため日本で学ばねばなりますまい」


「それはわかっておる。ところでイルハ殿は来年戻られるのか?」


「父上のご命令ならば戻りますが、書状にも達者で暮らせ、とありますゆえ、今しばらく逗まりたく存じます。そういえば、遼東の丹羽様ご重臣や幕府軍の将へ女直の族長から娘を貰ってくれという話が沢山舞い込んでいるとか……」


「こちらも知らぬところで縁組みされてしまうかも知れぬな」


「イルハ殿と私はこちらで嫁に行けば、日本に住み続けられましょう」


「まあ離れがたいのは仕方なかろう。されば残るにしても役に立たねばなるまい。先ずは日本の言葉を、より達者にするのが何より」


 話してる間に土鍋で煮たほうとうが運ばれてきた。まだ、夕食を済ませてなかったので、かなりボリュームがある。南瓜、里芋、金時人参、難波葱、干し椎茸、腊肉(中国版ベーコン)などの具材が入っており、出汁に牛乳やバターが加えられた上、パルミジャーノ・レッジャーノが覆っていた。


「これはまた美味しそうな事」


「アブタイ様、恐らくお初殿や哲普殿も同じ物を食べているか、と……」


「あり得るな。2人も食べる時は力の入れようが異なる。しかし、この王様チーズ(広之がそう呼んでいる)は実に風味が良い。格別じゃ」


「兄上、麺が少し溶けそうな感じとチーズの絡み方が堪りませぬ」


「流石に父上や兄上も我らが毎日かような馳走を頂いているとは夢にも思わぬであろう。書状には苦労をかける……などと書いてあった」


「ナムダリ様、ご飯がまだ残っていたら、追い飯に致しましょう」


「然様じゃな。卵も入れて貰うとしよう」


「兄上、ついでに王様チーズも……」


 こうして3人は食欲を満たすのであった。




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