第186話 近衛前久の唐入り

 京の都へ織田信孝、幸田広之、明国の使節団が入ると多くの公家たちが出迎えに来た。その筆頭は近衛前久である。


「おお、これは左衛門殿、待ち侘びたでおじゃる。思えば天智天皇の御代、唐と新羅に負けてからというもの、新羅は増長し、その後の高麗は蒙古の手先となり攻めて来るなどの屈辱。明国の都へ攻め入るとは本朝始まって以来の壮挙でおじゃろう。お上(天皇)もたいそうお喜びあそばれ、御製を詠まれ…いにしえの〜」


「龍山様(近衛前久)、誠に有り難きお言葉なれど、明国の御一行も居りますゆえ……。一応、客人にて形だけでも心配りせねば話もまとまりませぬ」  


「麿としたことが面目もごじゃらん。左衛門殿、誠に大義でおじゃった」


 明国の使節団は出迎えた公家の集団を不思議そうな顔で見た。そして一行は御所でなく二条城に入ると、明国使節団は関白二条昭実へ挨拶を行った。これで終わりだ。天皇には拝謁しない。


 事前の取り決めで込み入った話は明国朝廷と織田幕府の間で交渉し、日本の朝廷と儀礼的な交流は控えるというものだ。なので天皇への謁見はせずに関白と簡単な挨拶を執り行なう程度となった。それも場所は織田家所有の二条城で……。


 明国使節団はお茶などで饗され、信孝と広之は御所へ参内。後陽成天皇は喜び、2人へ労いの言葉をかけた。そして二条城へ戻ると二条昭実をはじめとする公卿たちへ具体的な言上書が提出されたのである。


 先ずは日本の正式な国土だが、延喜式などの格付けされた国である陸奥国と出羽国の分割を要請。出羽は羽前と羽後。陸奥は岩代、磐城、陸前、陸中、陸奥へ分割するというもの。既に幕府では上記の呼称を用いており、朝廷も黙認という形であったが改めて確定したかったのだ。


 国司などいうのは形骸化している。それでも今後は出羽守は消え、羽前守や陸前守が生まれる事だろう。さらに北海道の呼称は九州や四国のような扱いで、松前国(渡島、檜山)、石狩国(後志、胆振、石狩、空知、日高)、上川国(上川、留萌、宗谷、網走)、釧路国( 十勝、釧路、根室)を新たな国とする。


 

 そして千島列島は千島国、樺太も全体の呼称として残すが分割。南から豊原国、敷香国しすか、海北国。


 台湾については時期早々とし、幕府の呼称は台湾州、北から台北県、台中県、台南県、さらに台東県。


 沿海州も台湾同様だが、広大なため沿海県、栄河県、栄明県、牡丹県、丹江県、また飛び地として栄寧県を設置。沿海府はそのまま沿海県に置き、各県以外の広大な地域を直轄させる。そして沿海府の長官は丹羽長秀から直江兼続へ交代。


 遼東州は長秀を長官とし、各地域は民政に委ねつつ、幕府軍が駐屯。明朝の地方官職は温存。遼東州の中央政府による集権的な体制とするには中華王朝的な制度を組み込んだ方が良いとの判断からだ。ただ三権分立的な統治にして、完全な縦割りとはしない。各地域毎に分けつつ、軍事、行政、司法を一括する。折衷方式といえよう。


 円滑な統治を行うため、現地の明国人感情へ配慮しつつ、極力被支配の屈辱感や痛みを与えず、既成事実化していく方針だ。その一環として、既に幕府は渡海する将兵に月代さかやきを禁じていた。髪型は講武所風、束ね髪、片わな、下げ髪などになっている。


 幕府の要望は受理された日の晩、信孝と広之を近衛前久が訪ねてきた。大事な相談があるとの事で、2人ともいやな予感がよぎる。


「大樹公(将軍の事)と左衛門殿、折り入って頼みたい事があってのぉ……」


「唐入りされるとかでごさりましょうか」


「ほおぉ、流石は左衛門殿、お見通しでおじゃるな」


「龍山様、左衛門と先程話したのですが、無理にお止めは致しませぬ」


「然様でおじゃるか。願ってもない事でおじゃれば、是非にお頼み申す」


「龍山様、大海の彼方でござりますゆえ、失礼ですが万一の事もご承知下さいますよう……」


「左衛門殿、心配は無用でおじゃる。既に亡くなった際の遺産分配など取り決めておじゃれば、用意万端」


 こうして、近衛前久と公家が数人、遼東へ渡る事になった。この他に学者や僧侶などの識者なども同行を許されている。前久は信孝たちと大坂へ行き、そこから明国使節団と同じ船で、出港したのであった。



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