第235話 幸田広之、歴史学者を翻弄す
西暦における春頃となり、幸田広之は3度目の現代へ戻っていた。前回、広之が犬神霊時に託した景徳鎮とK24の金は何と8千万円で換金出来たのだ。今回は織田信孝より贈られた金を5kg持参し、再び犬神に託している。
彼の亡祖父である大吉は名を馳せた著名実業家ということもあり、それ程怪しまれる事が無いそうだ。豊富な軍資金を入手した広之は信孝への土産を沢山買い集めた。先ずはウイスキーである。
響21年、山崎18年、白州18年、ザ・マッカラン18年などを購入した。無論、信孝に頼まれていた獺祭も沢山ある。この他にも様々な食べ物も揃え、万端。土産ではないがブロイラーとレイヤーのヒヨコ、じゃが芋の種芋、各種果実の苗など異様な量だ。
広之は調べ事などを済ませ、犬神や肉山298などと中野のダイニングバーへ向かった。この店のオーナーは歴史時代小説作家で、出版関係者や歴史関係者も多い。前回、テレビにもよく出演する教授の竹原と広之がバトルした店だ。
今回、広之は過去より色々持ってきた。五徳、茶々、福、三法師、丹羽長秀、蒲生氏郷、高山重友(右近)、池田恒興、徳川家康、近衛前久、正親町上皇、勧修寺晴子たちの書状などである。
事前に竹原教授と某大手新聞社記者の安岡へ犬神が連絡していた。知り合いが面白い資料持ってるので顔を出さないか、と。前回、プライドを傷付けられた竹原は挽回の機会とばかりに、ふたつ返事であった。
約束の日、店内は土曜の夜だが比較的空いていた。広之たちが店に着いて直ぐに鬼墓亜依子や犬神の雑誌へ寄稿している女性オカルトライター小塚原刑子の2人も到着。クリュッグのグランド・キュヴェで乾杯しているところへ、竹原と安岡が参上。
「これは、皆さん賑やかですな。流石に道楽で働いている人たちは景気が宜しい。親ガチャばかりは運次第」
「安岡さん、そういわず今日は楽しく行きましょう。あと、今日は僕じゃなく、そこの歴史オタク(広之)の奢りですから」
「ほう、犬神さんのお友達も流石に気前いいですね」
「ご無沙汰してます。今、新しい酒持ってこさせますんで」
しばらくして、シャトー・ペトリュスの1987が運ばれてきた。普通に買っても50万円以上はする高級ワインだ。流石に竹原と安岡も驚いている。無論、存在は知っているが飲んだ事はない。
「やっば……。それ私の働いてるとこだと300万近いかも」
週に2~3日、ラウンジで働いている小塚原刑子が煽る。
「おたくらの金銭価格どうなってるのかねぇ。まさか、割り勘とかいわんでくれよな。好きで飲むわけじゃないから」
安岡の嫌味も力が入ってない。
「中々、新聞記者らしい生活感のあるジョークですね。あいにく、俺達は割り勘とかしてみたいけど、そういう島国のカルトな慣習馴染みないんですよ。一度してみたいなぁ」
犬神の方は上機嫌そのものだ。シャトー・ペトリュスを飲み終わる頃に、響21年が運ばれてきた。そして、ホワイト・サラミ・チョコレート、ナッツ、ソーセージ、塩漬けピクルス、チーズなどが並ぶ。
「ところで竹原さん、地方出身のルカちゃんという教え子居たでしょ」
鬼墓が怖い顔しながら問い質すと竹原は狼狽した。
「そんな名前の教え子は沢山居るんでよくわかりませんね」
「貴方の子供おろしてるでしょ……。未練があるようで生き霊となって憑いてるわ。彼女は自分の後輩と貴方が今付き合ってるの知ったようね。それで、ショック受けて感情を抑制出来ないのよ。何か異変とか起きているでしょ。このままじゃ、あまり良くないわね」
「……」
「おいおい、そんなの口から出任せだろ。そうやって人を脅かすとか、最低の商売だな。日本はカルトに甘すぎるんだよ」
「信じる信じないは自由なので、せいぜいお気を付けなさい」
肉山は嬉しそうな顔しながら眺めている。
「竹原さん、顔色悪いようですが大丈夫ですか」
広之が声を掛ける。
「何ともありません。ところで面白い資料とは何ですか」
「それは、これでして……」
広之はバッグの中から書状の束を差し出す。1枚づつ読み始めた竹原の表情が瞬時に変わった。
「これは、どういう事ですか。例えば、家康の書状は神君伊賀越えの時に助けて貰った事が書いてある。左衛門という人物に宛てており、五徳の夫みたいな内容……。上様とあるが、少なくとも信長ではないようだ。誰を指しているのかわからない。丹羽長秀の名も出てくる。まるで、伊賀越えしてないような感じだし。そもそも昔の書状にしては保存が良い。でも、これは家康の書状で間違いないと思う」
「先生、伊賀越えしてない説ってありますよね。本能寺黒幕説とかでいえば、上様が秀吉や天皇指しているみたいな話ですか」
「安岡さんも知っての通り、神君伊賀越えは一次資料が少ない。でも、全くの嘘という可能性はほぼないでしょう。しかし、本能寺の変が起きた後、明智の軍勢と戦ったかのような記述や清洲でなく岐阜で織田家の重臣に混ざり家康も同席してるみたいなんですよ」
「それだと、黒幕は秀吉と家康……」
「そこまでは分かりません。五徳にかなり気を遣ってるのも気になりますね。あと、左衛門が誰なのか不明ですけど、相当な人物らしいですよ」
「その書状は僕にも詳細は分かり兼ます。竹原教授なら何かわかるかな、と思ったんですけど……。紙が新しいけど、偽造と言い難い。紙の状態が新品同然だからこそ、現代の物か調べれば分かり易いはず。物凄く矛盾している。それから、偽書に有りがちな何度も書き写して、最後は明治や昭和とかでなく、原本だという。ならば言い逃れは困難。家康の筆跡を完コピし、表現や文体に一切矛盾なく辻褄合わせるのは容易じゃない」
「確かに……。この春日局が子供時代に書いたという物語の走り書きみたいなのも怪しい。しかし、紛い物とは思えない真実味がある。武家の跡取りとして育てられた姫と小姓に扮した女子の男色、あるいは女色……。安土桃山期に平安文学を模して子供が書いたという設定を矛盾なく偽造するのは困難。正直、僕でもこれを偽造するのは難しい。他にも偽造し難い人物ばかりだ。それから、左衛門という人物が幕府の重臣みたいだけど、この幕府は普通に考えれば室町幕府か、いわゆる鞆幕府のはず。でも時代が合わない。埋もれた歴史の一端なのか……」
「これらはあからさまにパチ臭いけど、偽造と断言出来ないわけだろ」
「ラウンジ通いのカルト雑誌編集長にいわれるのも釈然としませんけどね。左衛門が何者か見当もつきません。勧修寺晴子が温泉行った時のお礼していたり、近衛前久はまた訪ねるので美味いもの食いたいだの首を傾げる内容……。豊臣政権が瓦解していく過程で五徳や左衛門の影響あるならば、影に隠れた謎の勢力も考えられなくはないですよ。豊臣政権の成立や権力構造も見直す必要がある」
「ほう、陰謀論やトンデモ史観を馬鹿にしてたはずでしょ」
「この資料は明らかに異質過ぎるんですよ。そちらのペトリュス(広之)さんもおかしいって思うから僕に見せてくれたはず。本当は預かりたいところだけどスマホで撮らせて貰えますか」
「いいですよ。ご自由に。三法師のはどうでもいいやつだから差し上げます。好きに鑑定でもしてください」
「もしかしてペトリュスさんは左衛門の子孫とかじゃないですか」
「それは、どうなんでしょうかね」
こうして、本当の真実は伏せつつ、歴史学者を翻弄した広之であった。
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