第234話 小西行長と大野治長
カンボジアへ大野治長が赴任してきた。昨年4月にカンボジア国王が降伏して以来、占領状態となっている。GHQ時代の日本と似たような状況だ。未だにカンボジアという国家は辛うじて存在しており、敗戦即ち滅亡とはなっていない。
カンボジア王国と織田幕府による2重統治といった様相だ。無論、カンボジア王国はほぼ無条件降伏しており、その時点で日本の属州となっている。だが小西行長は旧来のカンボジア王国による暫定的な統治を認めた。
行長がシャムに住みながらアユタヤ王朝を間近で見てきた結果である。王室による外交、兵権、貿易権、徴収などを禁じれば事足りると判断したのだ。重要なのは鉄、銅、鉛、硝石を抑えつつ、煙草の葉、砂糖黍、綿花、養蚕などを奨励する。
何れは、圧倒的な資金力に物をいわせ、米以外の商品生産や流通の支配が目的なので、地方統治はあまり干渉しない。日本のように米が通貨同様の存在でなければ地方有力者とて、大名程の力を得るのは難しいだろう。
幕府はカンボジアから国外への米輸出を禁止した。これにより、必要以上の米を収穫しても意味が無い。後は米以外の換金作物を作っては幕府に売るだけだ。もはや生殺与奪を掌握したと同じである。
日本でいえば、大名がいくら年貢を集めても、大半は売れない。売れても二束三文だ。仕方なく、農民に他の換金作物を作らせる。これを買って貰えなければ、どうにもならない。
また、シャムのナーレスワン大王は、カンボジアの大半が日本領となった事へ少なからぬ不満を抱いていた。しかし、ラーンナー王国およびラーンサーン王国の北部への侵攻と領土化を日本が援助する事で渋々納得する他なかったのである。
そもそも、自信家のナーレスワン大王も流石に現実を理解し始めていた。幕府がありあまる財力で開発しているバンコクはアユタヤを遥かに凌駕している。
さらに日本はパタニ、ジョホール、広南、バンテンなどと強固な関係を築き上げてる他、明国まで破ったという話が伝わるや、怖気付いてきた。それでなくても、明国の貿易における対外窓口は日本が独占しており、米の買い付けも掌握されているのだ。
これまで、明国の商人は別々に米などを仕入れていた。しかし、昨年になり立場が逆転している。つまり、幕府の役人が作況具合や明国の需要など勘案しながら仕入れ希望額や量を提示するのだ。その気になればカンボジアから買う事も出来るので、値は以前より安い。
ナーレスワン大王はシャム領となったカンボジア西部からの収奪にいそしんだ。結果、クメール人たちは日本領へ逃げ込み、多くはバンコクの住民となった。現在、バンコクは日本人と明国人もさらに増え、その上インドからも人が流れて来はじめている。
大野治長が赴任するや小西行長は丁重に扱い、入念な引き継ぎを行うとバンコクへ帰還。治長の母は茶々の乳母を務めていた関係で口利きにより出世したとの噂があった。行長は噂が真実だと確信していたのだ。
茶々といえば幕府総裁幸田広之が後ろ盾であり、今や幸田兄弟(元々、従兄弟という事にしていたが、武鑑では兄弟となっている)の権勢たるや絶大なものだ。
丹羽長秀、徳川家康、伊達政宗、細川忠興、高山重友(右近)、中川清秀、蒲生氏郷、蜂屋頼隆、岡本良勝、池田恒興(家督は譲ったが織田信孝のご意見番として名を馳せている)など錚々たる面々が幸田派と目されている。
治長に妙な事を讒言されでもされたら身が危ういと思うのも仕方ない。後を託された治長はプレイノコール(現ホーチミン)とチャット・ムック(現プノンペン)の発展が使命と張り切るのだった。
本拠地はプレイノコールであるが、日本領カンボジアの西部における中心地に定められたチャット・ムックへ出向き、カンボジア旧王や各地の諸侯を集めた。王都であったロンヴェクから国王や政府機構はチャット・ムックへ移されていたのだ。
何故、プレイノコールが幕府のカンボジア本拠地になるのか。それは、海賊対策の都合上からだ。明国が海禁のまま日本へ租借地を渡した結果、幕府は密貿易している明国商船を徹底的に取り締まった。
無事だったのは台湾を拠点にしている船だけだ。密貿易は禁じられたが、幕府の朱印船として租借地へ出入り可能である。しかし、シャムやカンボジアなどへ渡航してた商船には容赦なかった。
無論、逃れた船は明国へ近づけないため、海賊となる以外の道はない。しかし、米を買い付けるにしても、近場の広南国や大越国となる。それならば話は簡単で湊や周辺の島に網を掛ければ良いだけだ。
残されたのはマニラくらいのものだが台湾沖合を航行中に見つかれば終わりである。もはや虫の息だが、生き残った船は相応のノウハウがあり、しぶとい。なかなか厄介な存在だ。
治長は都市の開発、商品作物の奨励、鉱山開発、治安維持、海賊摘発、街道整備、検地、測量など、進めて行くのであった。
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