第181話 李成梁の遺産
幸田孝之は初会談以降、皇帝から幾度となく呼び出されていた。朱翊鈞(万暦帝)は幸田孝之や日本に興味を抱く反面、臣下たちへ不満があったからだ。しかし、今回は孝之から申し出ての参内である。
「その銀の山は何じゃ……。貢物でも持って来たのかな」
「陛下、戯れ言を……。これは遼東から届けられた物でございます。我が軍が鉄嶺を攻めた際、李成梁殿や先鋒(李成梁の私兵集団)重臣の屋敷から押収したもので、お返しするためお持ち致しました」
「ほう、遼東総兵の俸給は随分と高額なのじゃな」
居並ぶ臣下たちは顔面蒼白となっている。汚職というレベルを遥かに超えており、凄まじい量だ。
「陛下は満洲国王などと僭称していた建州部の首長ヌルハチが李成梁殿の私兵上がりである事をご存知でございましょうか」
「相変わらず、そなたは朕の知らぬ事を……」
「ヌルハチは遼東で李成梁殿の下で養われ、左衛指揮使に任じられると20通の勅書や馬20頭を授けられたそうです。そのため急速に力を付けて自身の一族を制圧。やがてスクフク部の首長へ収まりました。その後も馬市により建州五部をまとめフルンと対峙する程の勢い。都には李成梁殿より相次ぐ戦勝報告。ヌルハチを利用し撫順の馬市で莫大な益を手に入れつつ、軍費や税の横領、物資の横流しが、ここにある銀の山。負けても嘘の報告、罪もない民を殺して過大な戦勝報告……」
「巡按御史(監察官)の胡克儉や給事中(いわば皇帝の顧問)の侯先春などが度々問題にしておった。然るに李成梁の武勲を妬む讒言などという声も多く胡克儉は罷免。その後も侯先春が批判し、予は御史(官吏の監察官)鶴鳴言の案にて李成梁を解任した」
朱翊鈞は李成梁を支持していた臣下へ侮蔑の眼差しを向ける。
「ヘトゥアラ城近くで合戦になりましたが、ヌルハチや遼東総兵は討ち死に。逃げた総兵はヘトゥアラ城に蓄えられた財貨を奪った挙げ句、城に火を付けました。遼東の各地で逃げた兵を罪人として捕まえ押収した分もございますが、そちらは元々ヌルハチの物であり、建州再建の費用と致す所存」
「朕の臣下なら、この山程ある銀を渡したことにして横領するであろう。遼東より幾つもの報告が来ておる。総兵や巡撫の配下によれば、日本や女直は各地で略奪を繰り広げ、民は苦しみ、この世の地獄などという話でな……。しかし朕が派遣した者の報告は全く異なる。日本や女直の兵による略奪は起きておらず、それどころか全て銀によって物の売り買いがされ、遼陽は大変な賑わいだという。軍戸(正規兵)や私兵は逃げながら各地で略奪などしたようであるが、日本の軍兵により治安は回復したそうじゃ。それでも臣下の中には時を稼ぎつつ各地から集めた大軍で天津や遼東を奪還すべし、という声が強い。一見忠義のようでもあるが、李成梁のような者を無数に生み出すだけであろうな……」
「申し上げにくい事でありますが、我らは山海関を固め都度撃滅するだけの事……。貴国は莫大な軍費を捻出させるため、いよいよ税の取り立てに励み、怨嗟の声が国中へ満ちましょう」
「朕もかように思う。ところで蒙古を如何致すつもりであるか」
「我が国の幕府総裁によれば、貴国は古来より長城を作るなど苦心されており、隣接する農民と遊牧民は相容れないと申しております。我らが関東(山海関の向こう側という意)に拠る限り、服さぬ蒙古は全て根絶やしとする他は無いと存じます」
「北辺には古来より悩まされておる」
その頃、天津に移動した真田信繁(幸村)は豊富な銀を元手に物資の調達を行っていた。冬服、靴、仔豚、仔牛、塩、酒、作物の種などを買い付けては遼東へ送っている。各地から商人、行商人、農民、あぶれ者、学者などが押し寄せ大変な賑わいだ。
学者は活版印刷された幕府の法度や本草綱目などを借りては読みふけっていた(何れも漢文版)。本来の歴史ならば本草綱目は既に完成してるものの明において発行させるのは西暦1596年である。幸田広之が明国人に多額の金を渡し、写本を入手。それを活版印刷にて発行していたのだ。
丹羽長秀より優秀な学者や職人は遼東や日本へ移住させるべしと指示されているため丁重に扱う。
抹茶ラテや焙じ茶ラテがマカロンと一緒に出され、夜は日本酒も振る舞われている。
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