第278話 鶏の水炊き
天正22年も師走となっていた。幕府は秋の収穫が完全に終わった後、各地より送られてきた数字を集計。これを元に来年度の予算が成立した。予算には朝廷方面の諸行事などの費用も含まれている。
その関係もあり、形式的ではあるが予算案を朝廷に提出するのだ。今年も織田信孝と幸田広之は京の都へ出向き報告した。景気はより一層良くなっているが、物価上昇は十分抑制。安価な輸入品の流入と海外での産業奨励が功を奏している結果だ。
海外派兵の進捗については、オイラト系の殲滅、バンテン王国との同盟を軸にした周辺地域の制圧、ミャンマー反抗勢力の駆逐、ヴィジャヤナガル王国への支援とデカン・スルターン諸王国の制圧並びにマラーター族の宣撫、ハプスブルク家やロシア・ツァーリ国などへの対応、アフリカ大陸への派兵なども説明された。
こうして、年末は各種精算や来年分の発注などを行われる。広之を初め織田家や幕府の上層部は忙しいにせよ、平常へ戻りつつあった。現代で多少豪遊した以外は粗食だった広之は無ボリューミーな食事をリクエスト。
そこで、お初と哲普が何を作るか話し合っていた。
「近頃、殿は魚や酒の肴が多く、やはり鶏か豚ということになりましょう。お初殿は何か妙案がござりますか」
「鶏で良いかも」
「して、何を作ります」
「鶏の水炊き、鶏の藁焼き、鶏の唐揚げ」
「身も蓋もごさりませぬが、美味しいのは間違いありませぬな。明日の早朝、今宮村へ鶏を取りに行かせ、それから出汁を取らねば……。昼餉はお初殿にお任せいたします。魚でも焼いてくだされ。それがしと万福は出汁の番をいたしましょう」
こうして翌日、午前中から鶏出汁作りが始まった。丸の親鶏をあら茹でした後、金万福が中華包丁で砕きまくる。これで出汁を取るのだが、鍋底に沈澱し、焦げ付かないよう、木べらで撹拌しなければならない。かなりの根気のいる作業だ。
そのため幸田家では夏場に鶏の水炊きは作らない。申の刻茶が行われている頃、具として使う骨付き鶏を低温で茹でる。焼酎とほんの少し珍年紹興酒が入り臭み消しではなく風味も加えられていた。
唐揚げ用の鶏もブライン液に漬けられ、用意が整う。帰宅した広之も料理の内容を聞かされており、起源が良い。子供と一緒に風呂へ入り汗を流す。
そして、いよいよ食事となった。鍋には骨付き鶏、鶏のつみれ、葛切り、豆腐、白菜、春菊、水菜、難波葱、人参が入っている。その他にも鶏の唐揚げ、鶏の炭火焼き、ひねポンなどが並ぶ。
五徳、茶々、江、登久、久麻、福、お末などが揃った。皆、鶏の水炊きは好物なので昼から待ち兼ねている。先ずは薄い塩味の鶏出汁が出され、上品に飲む。
その間に鍋の火加減が頃合い良くなり、女中たちがよそって差し出す。塩ポン酢ダレが入っており味の加減が丁度いい。皆、香りを少し堪能すると、おもむろに口へ運ぶ。広之は鶏、野菜、豆腐、つみれ、葛切りという順で食べる。
「いやいや、こればかりは堪りませぬな。寿命が延びる」
広之がそういっても他の者たちは、黙々と食べ進めた。ほぼ、具が無くなった段階で、ようやく他の料理を食べ始めつつ、酒を飲む。鶏の唐揚げや炭火焼き、さらにひねポンとくれば酒の友としては、これ以上ない。
「左衛門殿、鶏の水炊きはもう少し頻繁に出せぬものでしょうか」
「茶々殿、絶えず大きな木べらで鍋底を焦げつかせぬよう混ぜますゆえ、哲普や万福が死んでしまいますぞ」
「これ於茶々、美味なるものを食すには何事も手間が掛かるというもの」
そういいつつ、茶々と同じ事を思ってたが口にせず良かったと思う五徳であった。さらに酒も進んだ後、一度下げられていた鍋が再び登場。
いつもならうどんときりたんぽが入っている。今回は白い鶏出汁を茶碗に盛られた白米へ注いで食べるのだ。カオマンガイのような薄切りの鶏も乗せてある。
もう食べれぬ、などといいつ五徳たちは一気に流し込んだ。その頃、台所では皆して賄いを食べていた。鶏出汁の残り汁はさらに煮詰められ、釜揚げ素麺を付けて食べる。
お初、哲普、お蒔、万福、王春華などが汁一滴残さない感じで堪能していた。
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