第7話 明智の一日天下
6月3日、織田信孝率いる日向守討伐軍と明智軍の対決は織田方の圧勝に終わった。明智家の家老斎藤利三が徳川家随一の武勇で知られる本多忠勝に討たれるや明智方の戦線は崩壊。
敗走する明智軍は殺到した日向守討伐軍になすすべなく討ち取られていった。最後は戦線からの離脱を試みた明智光秀が丹羽勢の追撃を受け、猛将戸田勝成に討ち取られるという形で決したのである。
明智軍は光秀や名だたる武将が討ち取られるや兵士たちは一目散に逃げさった。しかし追い首(背を向けて逃げる兵の首を取ること)は禁止なので向かって来た者だけ首を斬っている。
勝龍寺城へ日向守討伐軍の諸将が集まり首実検の運びとなった。数百もの首が並べられている。
捕らえられた光秀の家臣や付き従っていた僧侶たちも無理やり協力させられ首の検分が延々と続く。
重臣以外には顔の大きさ、人相、目つき、髭などで評価がなされる。首を取った時の証人や助太刀も必要。
討ちったときに相手と激しく組み合い、こちらも多少の手傷を負うなどすればさらに評価は高くなる。
戦場では
使えそうな武具は勝龍寺城に運ばれた。大坂より同行してきた商人や地元山崎の商人が買い取る。得られた銭の大半は戦場となった村や地元の寺などが受け取り、死体は天王山の麓へ運び埋める手はずだ。
また丹波方面はさながら地獄の様相を呈していた。逃げ出した兵は近隣の農民たちによって討ち取られては身ぐるみ剥がされる。中には“ふんどし”だけで命乞いしながら逃げるものさえ居て山中は阿鼻叫喚のありさま。
勝龍寺城では総大将明智光秀をはじめ家老斎藤利三、明智秀満、伊勢貞興、並河易家など各隊を率いていた将の首が並べられている。その中に松田政近と溝尾茂朝の首はない。
一番槍から三番槍、一番駆け、大身の兜首、首の多い者、大きな功名を立てた者などは総大将の織田信孝より直々に酒盃を授かった。
これらの者には感状も送られる。無論、今回みたいに語り草となるであろう合戦にて武功を上げ、感状をもらえば再仕官するさい、引く手あまた。
首実検が終わるころには高槻城から移動してきた荷駄隊を担う黒鍬者により負傷者の手当や食事の準備も済んでいる。
「
今後も自分に奉公して手柄を立てろと言う意味あいが含まれていることを諸将は敏感に察するのだった。
池田恒興は泣きながら「三七郎様…誠にお見事。これで織田家も安泰じゃ」などと少し微妙なことを口にする。
今回、もっとも首を取ったのは池田恒興勢と大坂浪人衆であり、敵前渡河して溝尾茂朝勢を壊走させるや再び渡河。斎藤利三勢と明智秀満勢を背後から突き崩した。
それでも斎藤利三は隊を立て直し池田勢の横へ回り込もうとしたが、さらに渡河してきた徳川家康・穴山梅雪勢に突かれたのだった。本多忠勝が斎藤利三を討ち取ったが、池田勢も明智秀満を討ち取る大活躍。
中央で数にて優る斎藤利三勢と明智秀満勢の突進を食い止めきった高山重友と中川清秀も高く評価された。
「勝三郎殿の働き誠にお見事でござった。さては今後の事じゃ。食事が終わったら右近殿と清秀殿には丹波の亀山城を落としに行って頂きたい。勝三郎殿には近江の坂本城をお任せする。五郎左殿(長秀)には郡山城へ向かい筒井の仕置をしてもらう。儂は三河殿と
武田殿と言われた穴山梅雪などは甲斐一国の知行が頭によぎり上機嫌である。もはや武田家の裏切り者など言わせない。
裏切ったのは諏訪家の勝頼なのだ。降らなければ武田は完全に滅んでたであろう。今後、甲斐から仕切り直す。かようなことを強く思い描いていた。
もはや信孝を三七郎殿と呼ぶ者は居らず三七郎様になっている。梅雪などは尾張様と言いはじめた。一同、信孝が織田家の家督相続することを切に願うのだった。
城外で大坂浪人衆はお祭り騒ぎとなっている。元は畠山、遊佐、六角、松永、波多野、別所、池田(恒興とは別家)などの家臣が多く、元々織田家とは敵対しており、本来なら仕官は難しい。
しかし織田信長と織田信忠の死により風向きが変わった。今後も信孝の下で戦い続ければ国持ち大名も夢ではない。しばらくは丹羽長秀預りとなり大坂城を拠点とすることを命じられている。
その後、高山、中川、池田が下知にしたがい城を出てから、ほどなくして信孝は京の都へ向う。すでに洛中では勝利の報が届いており大勢の公家などが出迎えた。光秀から献上品や各種権利の安堵を受けていた者も居り、芝居めいた挨拶が繰り広げられ、信孝を呆れさせる。
洛中では明智の一日天下と笑い者になり、信孝の名声たるや天へ届かんばかりであった。
まずは本能寺と二条新御所へ向かい手を合わせた。そして信孝は自身を三法師(信忠嫡子)の名代と名乗り天下へ織田家の家督継承者が誰なのか示したのである。
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