第8話 安土入城

 織田信孝が上洛すると、直ぐさま幸田孝之を吉田兼見の下へ派遣。兼見は気分がすぐれないと頑なに拒否するも押し切られた。


 兼見は吉田神社神主であり、吉田神道宗家にて吉田家9代当主および卜部うらべ氏25代の公卿くぎょう(高位の公家)だ。


 歴史においては本能寺の変で真っ先に明智光秀を訪ねている。領地の保全をはかったとされるが自身の日記からは削除。広之の本でそれを知っている信孝の命による。孝之は武士の本性丸出しで強く問いただした。


 あまりの迫力に震えて泣き出す始末。日記の提出を迫ったが拒否。謀反は一切知らぬが在所のことを頼みに行ったのは事実であり、軽率を深く恥じ、詫びた。このあと兼見は本当に体の調子を崩し、寝込んでしまう。


 さらに先の関白近衛前久このえさきひさは二条新御所(二条御新造)へ籠もった織田信忠を明智勢が攻撃するさい、自宅へ招き入れたのではないか(近衛邸の屋根から攻撃したという証言があった)、信孝の使者である岡本良勝より厳しく詰問にあい、その日の深夜行方をくらました。


 そもそも公家衆と織田信長は暦をめぐり、数ヶ月ほど関係が悪かった。信長が閏月を入れろとか、尾張で使われている暦(三島暦とされる)がどうしただの介入した結果である。


 軋轢があったのは事実にせよ公家たちが信長を弑逆せしめるほどの理由かと言えば間違いなく違うだろう。しかし今後も朝廷との関係は不可欠であり、不快感の表明だけやんわりと行うことにしたのだ。


 信孝は上洛即日、新たな所司代を任命。結果、治安は落ち着くも公家たちは詮議の苛烈さに震え上がる。二条新御所と近衛邸の前には光秀をはじめとする明智家重臣の首が勝龍寺城より運び込まれ、晒された。


 そして各地へ使者を派遣。羽柴秀吉、柴田勝家、滝川一益、河尻秀隆、森長可ながよし、毛利秀頼には光秀を討ったので、まずは動かないことが肝要と釘を刺す。


 さらに上杉や毛利には余計なことすれば末代まで後悔するという内容だが、北条へは気弱な印象を与えるよう匙加減を変えている。


 長宗我部に対しては弾劾状を送った。明智の残党を詮議したが元親と姻戚関係にある斎藤利三を通じて謀議したのは明白。誠仁親王にも刃を向けて弑逆を試みた明智と同罪。


 もはや天下に比類なき大罪人であり、朝敵と見做す。不服があれば当主と重臣揃って上洛せよ、という読んだ瞬間憤死しかねない内容だ。同じ内容を有力な家臣にも送った。


 信孝は今後について思案した。どのみち葬儀には家老たちが戻ってくる。池田恒興が期待を遥かに超える勲功を立て、家老へ列席出来るだろう。確実にするため坂本城を落とせば完璧だ。


 高山重友と中川清秀も亀山城を落とせば、さらに格上げ出来る。丹羽長秀には大和を抑えてもらう。羽柴秀吉もまずは陣営に抱き込む。さすれば柴田勝家と滝川一益に多数決で勝てる。


 公家たちが帰り、徳川家康と穴山梅雪も寝所に戻ったあと、幸田広之を呼び歴史の本で進むべき方向について話し合った。幸田広之は生まれて初の首実検を見た結果、食事も喉通らなかった。また2日間馬に揺られ足腰も痛い。


 翌日も早くから公家が信孝の宿所へ列をなした。何とかよしみを通じようと必死である。朝廷からの勅使甘露寺経元が派遣され、明智討伐を祝い太刀を贈ってきた。


 集まった関白藤原内基をはじめ、山科言経や勧修寺晴豊などへ、自身はこれから岐阜で後継者となった三法師に報告する、と明言。


 そのうえで信長が閏月や暦について朝廷へ迷惑かけ申し訳なかった、と謝罪。一同は凍りつき言葉を失う。追い打ちに近衛前久を匿ったりしないよう伝える。

 

 用事を済ませ、信孝は徳川家康と穴山梅雪を伴い安土へ向かった。この日、亀山城と坂本城は抵抗も出来ないまま明け渡され、明智領の平定がほぼ終わる。


 大和ではただならぬ気配に筒井順慶が使者を丹羽長秀へ送って潔白を主張。しかし抵抗と見なされた。すでに主要な国人は調略され順慶は降伏を申しでて開城。そのまま切腹。


 大和の仕置を迅速に済ませ、戸田勝成と同行した大坂浪人衆へ託し、伊勢へ向かった。北畠信意のぶおき(織田信雄)を三法師の名代へ据えるべく説得するためだ。


 さらに丹後の細川藤孝からは安土城へ向う信孝のもとへ使者が訪れた。信孝は昨日合戦が終わって首実検が終わるや細川家へ嫁いでいる光秀の娘へ父の形見代わりに髪を送っている。


 藤孝からは配慮に対する感謝と光秀討伐への労いねぎらい、そして信孝に従うむねの内容だった。当面は一色の動きを警戒するよう伝える。信孝は南近江を威圧するように進み、深夜安土城へ到着すると蒲生賢秀が出迎えた。


「三七郎殿、此度は上様と殿のご無念、ご心中お察し申し上げます」


「流石、上様が安土の留守居役にしただけのことはある。よくぞ守ってくれた。この三七厚く礼を申す」


「過分なお言葉。痛み入りまする」


「明日には岐阜へ入り、新たな殿様にご挨拶申し上げる」


「新たな…と申します、と?」


「我らは野盗の群れではない。織田家の家督は代々嫡子が相続している。殿様の御嫡子三法師様が居られる以上、たがえる道理などなかろう。強いて申せば、儂は織田家の三男であり庶子。信意殿とは身分も違う。三法師様はまだ幼齢ゆえ、元服するまで信意殿が名代となるのは筋と言うもの。儂や五郎左殿はそれを支えるのみ」


「なんと、そこまでお考えでござったか」


 賢秀は信孝の器量をここまでとは思ってなかった。恐るべき器量人。いずれ信意は門前にひれ伏すだろう。そう思うのであった。



✾数ある作品の中からお読み頂き有り難うございます

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