第339話 近衛前久と失われた高天原④

 近衛前久を始めとする勧修寺晴豊かじゅうじはるとよ(藤原北家勧修寺流支流、名家、家業は儒道。勧修寺晴子の実兄で後陽成天皇の叔父)、飛鳥井雅庸あすかいまさつね(藤原北家花山院流難波家庶流、羽林家、家業は蹴鞠)、五辻元仲いつつじもとなか(宇多源氏、半家、家業は神楽)、烏丸光宣からすまるみつのぶ(藤原北家真夏流日野氏流、名家、家業は歌道)などの公家衆たちは、パレンケを後にしてティカルへ辿り着いた。


 ティカルは紀元4世紀から9世紀頃に繁栄したマヤ文明の中心的都市とされている。イスパニアのエルナン・コルテスは西暦1525年にこの地を通っているが、特段目に留まらなかったようだ。


 その後、1696年にイスパニア人修道士アンドレス・デ・アベンダーニョが密林へ迷い込み、巨大ピラミッドを発見したという。これが、ティカルだったといわれる。


 初めて写真に収めたのは、アルフレッド・モーズリーという英国人考古学者で、1881年の事だ。ちなみに、ティカルは“水たまりにて”という意味らしい。元々はムトゥルやムタルなどといわれてという。しかし、その意味が不明だったりする(なので、当作ではティカルと呼称)。


 略奪と殺戮によりアステカ文明を徹底的に破壊したエルナン・コルテスに発見されなかったのは幸いであった。幕府の調査団が訪れた時、遺跡群は密林に覆われ、道を切り拓き、ようやく辿り着いた程だ。


 そんなティカルにはかつて6万人もの人々が住んでいたとされる。熱帯雨林地帯の都市が何故それ程栄えたのか。理由は立地にあった。


 中米最大のウスマシンタ川とカリブ海を結ぶ最短ルート上に位置しており、いわば交通の要所であった。最盛期には6万人もの人々が暮していたとされる。黒曜石などの貿易で潤ったと思われる。


 しかし、9世紀頃からマヤ文明圏は急速に衰退期へ向かう。中部地域が衰退すると、北部の低地がマヤ文明圏の中心地となる。その北部低地もイスパニア侵入期には衰退しており、大きな勢力は存在しなかった。


 農業生産性低下説、気候変動説、疫病説、外敵侵入説(アステカなど)、通商網崩壊説、農民反乱説、戦乱説など衰退の理由は色々考えられる。


 大きく繁栄し、人口が限界値に達した後、生産性も頭打ちとなり、争いに発展するというのは有りがちなパターンだ。マヤ文明においては焼畑が行われていた。


 要するに、移動しながら生活する場合、部族などの権力的後ろ盾が弱いと、農地は確保出来ない。そのへんは遊牧民に似ている。人口が生産力を超えてしまえば、焼畑のサイクルも崩壊し、土地の奪い合いとなるのは必然であろう。


「近衛さん……。これまた大変な所に来ましたなぁ。森の中を歩くのも難儀でおじゃる」


「五辻さん、耐えるでおじゃる。この地は察するに昔は多くの人が居ったはず。これまで見てきた中で最も劣勢の大きいでおじゃろう。麿はここに都があったと睨んでるおじゃる」


「誠でおじゃりますか。何ぞ大層な物が出るやも知れませぬな」


「五辻さん、ここも、やはり蛇でおじゃるな。これまで、あちらこちらで蛇を見てきたでおじゃるが、大きく別ければ、ふたつ……。先ずは、蛇を崇める。そして、蛇を制する事を誇る。カンボジアや天竺などは後者でおじゃろう。日本は両者の共存。然るに、この地(マヤ文明圏)は何ともいえませぬな」


「麿は日本に近いと思うでおじゃりまする」


「ほぉ、五辻さんは何故そう思うでおじゃるか」


「鳥が蛇を完膚なきまでに叩いたのではなく、劣勢の蛇は鳥と和睦し、両者は鳥優位なれど、名目上対等な間柄やも知れませぬ」


「流石は五辻さん。麿も同心でおじゃる」 


「近衛さん。我らは天などと申しますが、欧州の人々はもそっと細かいでおじゃりますな。フランス語でおじゃれば我らの住んでいるのはテール。幕府は地球などと名付けておりますが……。テールの外がエスパス。これを幕府は宇宙としております。されどフランス語では宇宙に相当する言葉がエスパスを含めてみっつもおじゃる。即ちエスパス、ウニヴェルス、コスモ……。幕府は日本の外を海外、それ以外に世界や国際という言葉を用いております。エスパス、ウニヴェルス、コスモなどもそのような使い分けと考えれば、先ずは天が宇宙とも限りますまい」


「烏丸さんのいう通りでおじゃろう。夜空に輝く星の数だけ我らの住まう地球と同じような所があるやも知れませぬな。我らが思う天は空より高く宇宙に等しい。つまり、高い天……。ならば高天原は宇宙でおじゃろう。されど、烏丸さんのいわれる事も一理おじゃる。ならば、高天原はひとつではなく、幾つかあるやも知れませぬぞ。元々住まう星、月、彼らの乗る船、大きな厄災が起きた時に住まっていた山など……」


 翌日、ティカルのある神殿へ足を踏み入れた前久たち公家衆はこれまで見た中で最も奇怪な石板を偶然発見した。


 そして、想像だにしてなかった事態が起きようとしている。






 


 

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