第58話 江戸幕府の通貨政策と織田幕府

 現在、幸田広之は通貨と金融、自給自足、産業育成、物流、海外拠点の確保、法の整備、全国地図の完成など取り組んでいることは山程あるが、その先に見据えているのは人口増加だ。


 早い段階で人口を倍増させたい。人口が倍で十分な通貨供給量による適正範囲のインフレ基調。


 史実では貫高制が崩壊し、石高制になりそのまま幕末を迎える。米が武士にとって収入の根源であり、収穫量を増やす。結果、日本人は米ばかり食べて、非常に小さかった。たんぱく摂取量の圧倒的に少なさによるもので、それが全てを物語っているとしか思えない。


 幕末まで飢饉のときなどを除けば大体1石1両で安定している。最大の流通商品の米が値上がりしない。しかも幾度となく行われた貨幣改鋳に関わらず。


 単に幕府の信用という話ではないだろう。ときおり行われる貨幣改鋳で金貨の品位が高いとデフレが適度に抑制されるだけ。つまり米の価値が上がらないと幕府や諸大名の収入は増えない。


 貨幣改鋳で回収した金貨を大幅に水増せば、金貨の増加分とインフレで米の価値が上がり、一時的な収入増加となる。しかし自然災害などの影響で景気は変動するからインフレ抑制のため、高品位の金貨に貨幣改鋳した。


 貨幣改鋳で悪貨になっても大幅なインフレとならないのは経済的需要が高かったおかげだろう。経済が発展しようがデフレ傾向だった原因としては藩札の存在も大きい。江戸時代を通し、藩という名称は一般的ではなく本来は金札、銀札、銭札などと言われた。


 幕府通貨との兌換券である。米で生活している武士が発行権握ればどうなるか。適正範囲を超えて発行しないほうがおかしい。事実上の税金と同じだ。


 藩(便宜上藩とする)は必要な支払いに藩札を強要してくるので、仕方なく応じる。しかし、そんなもの怖いのでいつまでも持っていたくはない。結果、取引のたび割り引かれ価値が擦り減ってしまう。

 

 武士の根底にあるのは圧倒的な暴力であり、割引禁止にでもするかもしれない。そんなことしても地方の藩における需要と供給など限られているから、限度を超えた兌換券が大量流出すれば考えるまでもなくインフレとなるはず。


 インフレであろうと米が藩の領外へ高く売れるわけもない。仕方なく藩札発行量は増加する。その度、領民が苦しめられるのだからたまったものではない。


 お取り潰しにでもなれば最悪紙屑と化す。忠臣蔵の赤穂藩は塩で儲けていたから藩札を6割回収したという(幕府貨幣と交換)。


 このような地方政府(各藩)発行の兌換券が大量に出回ることで、経済発展へ寄与する一方、インフレ化する要因があった。


 それでも大きなインフレとならなかったのは幕府通貨の改鋳により、藩札が何とか維持された結果だろう。つまり幕府の悪貨でも、より粗悪な地方の悪貨よりましだという話になる。


 幕末になって開国すると日本はアメリカの外交官ハリスと交渉の結果、日米修好条約を結ぶことになった。この時に取り決められた洋銀1枚と日本の一分銀3枚と同じ価値とするレートが、さらに金を海外に流失させる原因だ。


 また江戸幕府の失敗としては幕末期に金貨を大量流出させ、急激なインフレ化が挙げられる。


 日本は金をそれなりに保持していた結果、銀1に対して金5くらいの価値。しかし海外ではポトシ銀山などのおかげもあり銀1に対し金15くらいと価値に大きな開きがあった。当然、米国から大量のメキシコ8レアル銀貨(いわゆる洋銀)が持ち込まれ日本の銀貨に替える。


 日本の銀貨を日本の金貨に替えて、外国の銀貨に替えると、3倍に増えるのだからたまらない。こんな馬鹿な失敗すれば幕府が潰れるのも当然と言だ。


 老中堀田正睦が抜擢した岩瀬忠震痛恨の大失態である。日米通商条約は日本の外交史上屈指の汚点だろう。金と銀の交換比率や含有量を気にせず、外貨は日本国内で使えて、なおかつ幕府通貨の自由輸出を許可。


 貴重な金が大量流出したあと幕府は慌てた。金の含有量がより少ない小判を発行する。このようなことが起きたのは無知のなせるとこだろう。外国での金銀交換比率を考慮することもなくオランダと貿易してたのなら恐ろしい。


 貿易を管理して儲けることしか頭になかった結果であろう。江戸幕府は対外窓口を確保していたから、あくまで管理貿易。だから鎖国していない、という主張もある。いずれにせよ著しくガラパゴス化して幕末期、大きな代償を支払ったのは間違いないはず。


 そんなことを思いつつ広之は織田家重臣や幕府大蔵省、商務省、外務省の幹部へ対外貿易における交換比率、または通貨品位などの概念を説明するのであった。


 


 

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