第286話 イスパニアの落日②
幕府艦隊は海戦に勝利し、3万の兵でイスパニアへ上陸。カディスを占拠した幕府艦隊はセビーリャへ向けて進撃。待ち構えたイスパニア軍の主力と戦い壊滅させたのである。
フリントロック式のライフルマスケットと紙製薬莢ミニエー弾を使う幕府艦隊の射程に、イスパニアのマスケット銃は全く及ばない。さらに密集陣形へ容赦なくカロネード砲が放たれ、混乱するところを狙われるわけで、ほぼ一方的な殺戮となった。
従軍していたフランス軍の観戦武官はロシアとの合戦同様、一方的な結末へ恐怖さえ感じたのである。
「ジャポンの銃と大砲の威力たるや凄まじいものだな。我が国も遅れては国の存亡に関わる」
「しかし、ジャポンの技術たるや遥かに上を行ってる」
「貴公は知らぬのか……。ジャポンへ銃を伝えたのはポルトガルらしい。それも50年程前にな」
「どうせ東の果てに住む異教徒の蛮族とでも思い、侮っていたのであろう。それが、自分たちより優れた銃や弾を大量に作り、攻められるとはな。しかし、ジャポンが我が国の敵となる事はないであろうか」
「先の事は分からぬ。しかし、ジャポンはルュシ(ロシア)の東方にある山脈(ウラル)やメルノア(黒海)あたりまでしか念頭に置いておらぬようだ」
「リュシを執拗に意識してるのもよくわからぬ」
「いまや銃と大砲が無ければ戦いにならない時勢である。コザーキ(コサック)が強いのは銃を使うからであろう。しかし、シーヌ(明国)より西のモンゴリ(モンゴル)たちは、未だに馬と短弓であったらしい。銃や大砲を装備する軍に勝てまい。もはや時代遅れだ」
「つまり、昔のような馬と短弓はもはや脅威ではなく、彼らの領域は何れ草刈り場になるというわけか」
「その通り。放っておけば、何れルーシやテュルキ(トルコ)などは東へ進んだであろう。ジャポンは数百年後の安泰を得るため、先んじた……」
「ジャポンは欧州におけるイスパーニ・アブズブール家(ハプスブルク家。オーストリア家という意味)の領土へ何の興味もないという。我が国王陛下とアングルテルの女王(エリザベス1世)に任せる意向らしい。ただ、信仰の自由についてはポロニュ・リターニ(ポーランド・リトアニア)のような法を望んでいるそうだ」
「ジャポンはリュシなどで教会を破壊することは無かった。市民へ危害も加えない。我が国に対しても大学への援助を申し出ている」
「何れにせよフィリップ2世は終わりだろう」
フランス軍の観戦武官は語り合うのであった。
そして、幕府同盟軍は首都のマドリードへ進撃した。一方、フランス軍はカタルーニャ地方へ侵入し、バルセロナを目指している。イングランドはポルトガルを攻めていた。トルコはシチリア攻略の準備を行っている。
約1ヵ月後、セビーリャ、コルドバ、トレドが陥落。そして、マドリードへ迫った丹羽長秀はフェリペ2世へ最後通告を突きつけた。
無条件降伏せねば、今後一切の交渉に応じず、イスパニアは連合軍の属領として分割の上、フェリペ2世は犯罪者として処罰するという内容である。
無論、そのような通告に黙って応じるはずもない。その後、幕府同盟軍はカイロ会談時に作成された「カイロ宣言」文書をフェリペ2世へ送った。
『数軍の使節は、イスパニア王国に対する将来の軍事作戦に関して合意した。六大連合(日本、フランス、ネーデルラント、イングランド、トルコ、モロッコ)は海路および陸路により、野蛮なる敵国に容赦ない制裁を加える決意を表明する。六大連合は、イスパニア王国の侵略、暴虐、弾圧を制止し、これを罰するために今回戦う事を決意。この連合は自国の利得を模索するものではなく、領土拡大の念を有するものではない。この同盟の目的は、イスパニア・ハプスブルク家が領有する諸国の全てを剥奪せねばならないという事である。つまり、イスパニア・ハプスブルク家は、暴力及び貪欲により略取した一切の地域から排除されなければならない。前述の六大国は、ユダヤ人、モリスコ(イベリア半島のイスラム教徒)、不当に異端の烙印を押された人民の奴隷状態に留意し、自由となす決意を有する。上の目的をもち、この六大同盟は、イスパニア王国あるいはイスパニア・ハプスブルク家の無条件降伏を獲得するために要する重大かつ長期的な行動を継続しなければならない』
この文書を見たフェリペ2世が激怒した事はいうまでもない。そして、臣下たちに徹底抗戦を指示したが講和派は反発。期日内への返答が得られなかった幕府同盟軍はマドリードへ総攻撃を開始した。
数日後、持ち堪えられなくなったフェリペ2世はマドリード北西にある城塞都市アビラヘ遷都。そこへ、丹羽長秀から使者(フランス人)が訪れた。
「これは親愛なるフェリペ2世陛下……。日本国軍総司令官の丹羽殿は次のような提案をされております。両国の勇士13人づつ決闘させ、万一貴国側が7勝したならば、陥落した都市を全て返し、イスパニアから撤退するとの事」
「何だと……。蛮族如きがほざきおって。受けて立とう」
こうして、決闘が行われる事となった。長秀は立花宗茂を呼び出し、決闘を任せる旨、申し伝えたのである。
「はっ、名誉を賜り恐悦至極」
立花宗茂といえば、史実において佐々成政の領内で一揆が発生し、首謀者隈部親永の一族と放し討ちを行っている。罪人への名誉を重んじた処刑であった。
宗茂が13人の主将格へ任じたのは家中随一の剣士、佐々木巌流小次郎だ。史実では宮本武蔵との決闘で名高い人物に他ならない。この世界線では故あって立花家の家臣となっていた。
一説によれば決闘当時、78歳ともいわれている。前日、13人に長秀や直々に酒が振る舞われた。
「佐々木と申したな。そなたの名は儂も聞いておる。何でも燕返しという秘伝の技があるそうじゃな」
「よくぞご存知てございますな。得意とする技のひとつではありますが、他にも雀返し、鴉返し、鳩返し、鶴返し、雉返し、朱鷺返し、鷹返し、鷲返し、隼返し、鴨返し、鶯返しど多数………」
その後、小次郎はそれぞれの技について説明しつつ、各地で出会った女性の話を得意気に語った。
「五郎左殿、あの者、大丈夫でございますか。かなりの歳ですぞ。それに俗物でございましょう。いっぱい食わせ物の匂いが……」
「又左(前田利家)よ、案ずるな。腕は確かとの話じゃ」
こうして、両軍見守る中、決闘が行われた。13人が10m置きくらいで対峙し、両者の足には紐が結ばれて逃げられない。ラッパの音を合図に死闘が開始された。
先ず、佐々木小次郎は違うところへ刀を振りかざした次の瞬間、神速の如き返しによって、相手の首を突き刺す。他の者は結構な時間を要し、決闘が全て終わるまで5分程掛かった。
結果は9勝4敗で立花勢の勝利だ。フェリペ2世は負けを認めず無効だと主張。しかし、目撃者があまりに多く、覆るはずもない。決闘が終わって数日後、フェリペ2世は降伏文書へ渋々調印した。
こうしてハプスブルク家によるイベリア半島の支配は終わりを迎えたのである。
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