第287話 イスパニアの落日③
イスパニアの降伏後、フェリペ2世と一族はフランス国内で幽閉される事になった。イベリア半島については、バルセロナを含む旧アラゴン王国領域と旧ナバラ王国領域がフランスへ編入。
少しややこしいが、ナバラ王国はイスパニアとフランスに分割されていた。ピレネー山脈北側は、低ナバラ(フランス語でバス=ナヴァール)と呼ばれ一応独立君主国扱いだ。
アンリ4世がフランス王になるまで、ナバラ王だった。ピレネー山脈南側はイスパニア側が副王領として統治しており、改めてフランスのナヴァール王国へ統合されたのである。現代ではバスク地方の一部だ。かつてバスク紛争といわれる分離独立運動があった。複雑な背景があるといえよう。
また、現代でいうところのアンダルシア州マラガ県・カディス県、さらにバレアス諸島は日本領。ポルトガルはイングランド女王エリザベス1世の国王兼任となり、総督が派遣される。
イスパニアについては、国王を置かず共和国としてイングランド同様、上院(貴族院)・下院(庶民院)が作られ、日本・イスパニア安全保障条約も締結。
ジェノヴァ、ミラノ、ナポリ、シチリアもそれぞれ独立した共和国となる。サルデーニャ島とコルシカ島もフランスへ編入。また現代でいえばフランスとイタリアにまたがるサヴォイア公国を占領し、フランス領へ編入するため、フランスと日本の軍勢が動いた。
織田信勝と池田輝政をイスパニアへ残し、丹羽長秀、羽柴秀吉、前田利家、立花宗茂、最上義光、前田利益(慶次)たち(近衛前久たち、お公家衆も)はトゥーロン経由でサヴォイア公国へ侵攻。
サヴォイア公国の首都トリノを包囲している幕府同盟軍とフランス軍は無論優勢であり、むしろ時間を掛けていた。ヴェネチア、ジェノヴァ、ローマ教皇領、神聖ローマ帝国領などを威圧するためである。
幕府としては欧州への領土獲得でなく通商圏並びに輸送網の構築が目的だ。丹羽長秀はジェノヴァや神聖ローマ帝国領内の銀行家・資本家・商人へイスパニアに対する金融貸付や債権は全額幕府が立て替えると表明した。
この処置へ敏感に反応したのはジェノヴァの銀行家だ。現代でも、抱える負債があまりに莫大な場合、むしろ債権者は融資など行い、潰さないようにしたりする。
しかし、長秀の処置により、イスパニアへの債権者はもはやフェリペ2世を助ける必用は無い。それどころか、長秀は途方もない額の物資調達や各国への投資を提示し、一部について入札まで行っている。
ジェノヴァはフェリペ2世の退位により王位は空白状態だ。現在、貴族が協議しており、イスパニアから独立した上、中立を宣言。
長秀は貴族・宗教勢力による選挙で非世襲制(任期制)国王を選び、立憲君主制の共和国となってほしい旨、要望した。この案は歓迎されており、暫定政府は調整作業に忙しい。
ローマ教皇に対してもイタリア諸国へ無制限の侵略支配は行わない事を長秀の使者が告げている。基本的にはイスパニア・ハプスブルク家領の平和的独立を望んだ。
また、信仰の違いを理由とした排斥や迫害を主導しない限りに置いて、カトリック教会へ敵対しない事も付け加えてある。
ただし、イエズス会、フランシスコ会、ドミニコ会などがアジアや新大陸において侵略・支配を補助する形で行ってきた伝導や布教への検証、または見直しすべきとの提案もされた。
ヴェネツィアはやや微妙な立場だ。地中海貿易を安全に行えることは大きな魅力である。しかし、オーストリア・ハプスブルク家と隣接しており、真っ先に連合国へ駆け寄る事は難しい。
しばらくは敵対を避けつつ、様子見という態度だ。そのへんは、神聖ローマ帝国のドイツ諸侯も立場的に同様であった。事情を見越した長秀はこれまで通り、ユダヤ商人やハンザ同盟などを介して取引する方向だ。
長秀の陣屋に各武将が揃い、評定を行った後、食事となった。パン、チーズ、煮込み料理などである。
「五郎左殿、欧州の食い物は美味いと聞いておりましたが、パンや麦の粥ばかりですな」
「それは儂も思っておる。されど、これだけの軍勢となれば色々集めるだけでも大事。貴族や大商人は作る者を抱えているという。さぞかし美味いであろう。そのへんの者は毎日硬いパンや麦粥じゃ。下っ端の兵も毎日麦粥ばかりで、パンさえ滅多に食えぬ」
「エジプトあたりまでは実に良かった。毎日、羊を食べていた頃が懐かしいですの」
「慶次殿のいう通りであるな。秋にはまた羊となろう。されど、欧州に来てからヴィーノ(スペイン語でワイン)とフォルマッジオ(チーズ)は格別に美味い」
「ところで、五郎左殿、今後は如何なりましょうや」
「筑前よ、ポーランド・リトアニアの出方がまだ分からぬでな。そろそろ、ロシアでは偽皇子が『母上様、お懐かしゅう御座います。実は生きておりました』などと何人も出ておるであろう。あとはハプスブルク家の本家じゃろ。神聖ローマ帝国の諸侯はフランスが切り崩している最中じゃ。我らがトルコの援軍としてヴェネツィアを屠り、そのまま後背を突けば命取りとなろう。その前に連合国と条約を結んだ方が身のためであろうな。その場合はありったけの銭を毟り取る……といいたいところじゃが、商いを認めてもらおう。トルコには領土を少しばかりと多少の銭が必要であろうな」
「それでトルコが収まりますかな」
「最上殿、西へ行けなくなれば、次はペルシャあたりであろう。そうなれば、双方に鉄砲を売って疲弊して貰うだけの事。かつての武田と上杉の如く何れも労多くして何とやら。他に神聖ローマ帝国も何れはカトリックと新教徒で揉める。これも存分に儲かるであろう」
長秀たちは、話に花を咲かせつつ、ワインを飲むのであった。
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