第238話 織田信孝と三法師
幸田広之が開かずの間へ入り、行李や風呂敷から土産を取り出して並べてると、織田信孝、岡本良勝、蜂屋頼隆、三法師の4人も来た。
三法師は元服を間近に控えており、烏帽子親(加冠の役)は広之で、改名後は織田信之(別名は三九郎。織田信長の三郎と織田信忠の勘九郎を合わせた)となる。
このため、滝川家の重臣真田昌幸の嫡男信之は事前に内示があり、信幸へ改名した。これ以前から直臣や陪臣問わず、信孝へ憚り、「信」と「孝」は新規に名付けないのが暗黙の了解だ。
「左衛門よ、この響もウイスキーという欧州の焼酎じゃな。前に話してた山崎や獺祭も沢山あるのぉ。日暮れ時が待ち遠しい限り」
「上様、先ずは茶菓子でもお召し上がり下さいませ」
そういうと広之は火鉢で沸かしてた湯で人数分の珈琲を作る。
「父上、この黒き物は香りも何やら不思議ではありますが実に心地良うございます……」
「三法師よ、世の中は実に広い。これは遥か西方で茶の如き代物なそうじゃ。名は珈琲という。左衛門の生まれ育った世では茶より好まれておる。砂糖や牛の乳を使ったり、チョコレートや小麦の菓子が実に合う」
「上様の仰られる通りにてございます。熱い国々で作られており、チョコレートに至っては産する国が極僅か。これらの産地を抑え東西の国々へ売れば儲かりましょう。米や麦は人が生きてゆくためには欠かせませぬ。それを安定させるのが先決。次に民の暮らしをより豊かにさせます。米だけでなく、魚や肉、あるいは果実を食べ、茶や酒、そして珈琲なども飲む。砂糖、煙草、石炭なども、そうですが、世に流れる量を増やせば米と麦の価値は低くなり、石高などいう物は瓦解いたします」
「父上や左衛門殿より聞くところの土地と武士を切り離し、国や郷土のため戦う民に置き換えていくという話でござりましょう」
「然様じゃ。近々、左衛門がそなたの烏帽子親にもなる上、誠の父と思い、これから進むべき道や成すべき事を学んでくれ」
「承知いたしました。されど、この珈琲は甘い上、苦い」
左衛門は三法師にエクレアとクッキーを差し出す。
「三法師様、こちらの上に掛かっている黒き物がチョコレートでごさいます」
「これは実に美味い。黒いだけで豆の餡とは似て非なる物」
「茶や珈琲が流行れば、砂糖やチョコレートも売れます。磁器も不可欠。煙草も一緒に吸われる。そして銭が動くというもの」
「左衛門殿、このバスクチーズケーキとやらも実に美味いですな」
「兵庫守殿(蜂屋頼隆)、そちらと似たような物は作れるのですが、かなり見劣りします。それがしも、バスチーは好物なれば、いつかは十分な物を作りたいですな」
「生きてる内に、それを食べたいものじゃ」
「上様、マカデミアナッツ・チョコレートも中々の物ですぞ」
「平吉郎(岡本良勝)よ、お主は知らぬであろうが、チョコレートはウイスキーに合うものらしいぞ。それで儂は控えておるのじゃ」
「楽しみが半減するでは、ございませぬか。これは迂闊でござった」
「ところで左衛門よ、チョコレートが日本で食べれるまで如何程かかる?」
「新亜州(アメリカ大陸)で採取し、それを呂宋で育てます。10年くらいは要しますな……」
「何事も時間が掛かるのぉ。三法師の治める世では、皆当たり前のようにチョコレートを食べれるようなって欲しいものじゃ」
一同は雑誌や新聞を読みつつ昼となった。広之は大量の湯を持ってこさせ、“緑のたぬき”へ注ぎ入れる。そして3分後……。良勝は狸が入っていると驚くも広之の説明に安心した。
「ほぉ、チキンラーメンも美味だが、これも実に見事。天ぷら蕎麦がかように食せるとは……。実に大したもの。三法師よ、この器もエクレアの透けた袋と同じく、油で作るそうじゃ」
「信じられませぬ」
「左衛門、これは流石に当分無理なのであろう」
「本来ならば、今より300年も後に作られ始めます。早くても200年以上掛かりましょう……」
さらに、菓子などを食べつつ夕方となった。チョコレート、ポッキー、ガトーショコラ、ミックスナッツ、カニカマ、チーズ蒲鉾、チーズ鱈、堅あげポテトチップス、柿の種、帆立貝柱の燻製などが並び、いよいよウイスキーの開封となり、一同興奮気味だ。
「先ずは、山崎をお召し上がりくださいませ」
広之は山崎をストレートで注ぐ。三法師はまだ十分に酒が飲めないので少しだけだ。一同、複雑かつ芳醇な香りに驚きつつ、少し舐めた。
「左衛門、これは来るのぉ。中々強烈じゃ。口の中が何ともいえぬ味わいで満たされ極楽であるな。竹子にも飲ませてやりたいのは山々であるが、致し方あるまい」
「左衛門殿、誠に見事な酒ですなぁ」
頼隆は魂の抜けたような表情で山崎を味わう。
「左衛門、ウイスキーも日本で作ってくれ。山崎に蔵を作り、同じ名前にすれば良かろう……」
「はっ、必ずや作ってご覧にいれましょう」
「左衛門殿、これはカニカマとあるが本物ではござらぬな」
「平吉郎殿、蟹の味がする蒲鉾でございます」
「然様でござるか。実に美味い。下手な蟹より上じゃ」
信孝は堅あげポテトチップスが気に入ったようだ。
「次は響をご賞味あれ」
「これも山崎に負けぬな。見事な物じゃ。やはり、世の中広いのぉ。明国の紹興酒や白酒も良いが、全く別の味わいであるな」
信孝は響を飲みつつ、チョコレートを口にする。この後、一同は各ウイスキーの味比べをしつつ、おつまみを食べ、酔い潰れたのであった。
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