第237話 チューリップと蘭
幸田広之は現代で3泊し、再び過去へ戻ってきた。今回は過去3回で最大となる荷物を抱えている。響21年、山崎18年、白州18年、ザ・マッカラン18年、獺祭などの酒。ブロイラーとレイヤーのヒヨコ。
じゃが芋の種芋。シャインマスカット、赤ワイン用メルロー種葡萄、赤ワイン用シラー種葡萄、キウイ、桃、ブルーベリーなど果樹の苗。チューリップと蘭の球根。
さらに、酒の肴や菓子類、カップ麺、スティック珈琲などの食品。各種雑誌、新聞、書籍、プリントアウトの束、他にも様々の物を持ち帰っている。広之は行季や風呂敷に包み登城した。
広之が今回、目玉だと思っているのはチューリップと蘭だ。特にチューリップは期待が大きい。今後、史実通りなら中欧は30年戦争で荒廃する。大躍進するのがオランダ(ネーデルラント)だ。
構想としてイスパニア、ポルトガル、英国、ロシアは敵国認定する。そこでフランスとオランダはある程度優遇し、活用する方針だ。しかし、一方的に際限なく富ませるつもりはない。
特に警戒すべきはオランダであろう。英国は西暦1588年に起きたアルマダ海戦でイスパニアの無敵艦隊を破り、覇権交代したかの如き誤解がある。しかし、17世紀はオランダの時代だ。
英国がパクス・ブリタニカといわれる覇権を築き上げたのは植民地帝国の形成と産業革命によるわけで、これは19世紀半ば以降の話だったりする。何故、誤解されるかといえば大航海時代と植民地時代が混同されがちであり、またアメリカの公用語である英語のせいと考えられる。
アメリカの場合、17世紀においてはイスパニアとフランスの方が活発だ。アメリカの東部13州による独立は西暦1776年であり、その時期ならフランス領やスペイン領の方が大きい。
さらに西暦1803年、フランスのナポレオンは英国に対する牽制と戦費調達のためルイジアナ(現代のルイジアナ州より広大)を合衆国へ売却。これが伏線となり、西暦1812年に米英戦争(第2次独立戦争)が勃発。
英国が合衆国とフランスの貿易を妨害するため、海上封鎖したためだ。合衆国に圧迫されていた原住民部族(いわゆるインディアン)の多くは英国側で戦い、その後迫害はエスカレートする。これも、あまりよく認知されていない。
英国が原住民を片っ端から弾圧したわけでもなかったりする。カリフォルニアが合衆国領土になったのは西暦1848年であり、南北戦争発生は西暦1861年。つまり、英国による覇権とアメリカはあまり関係ないどころか、激しく敵対していた。
広之の構想として、英国から逃げてくるピューリタンは保護するが、英王室の浸透は徹底的に防ぐ。そして、17世紀最も警戒すべきオランダだが、アジアへ立ち入らせなければ史実程の隆盛はありえない(ただオランダの主力貿易商品は穀物や鰊)。さらに、チューリップを利用する。
17世紀、繁栄するオランダで投機商品と化したチューリップによってバブルが発生。西暦1593年頃、トルコから球根が欧州へもたらされ、特にオランダでは大ブームとなる。
やがてオランダでは鰊、チーズ、ジンと並ぶ商品となり、投機も加熱。しかし、西暦1637年2月、市場から突然買い手がいなくなったことによりバブルが崩壊する。
バブル崩壊前の取引価格は1623年の10倍程だったという。フランスでもチューリップの需要は高かった。今から球根を増やして行けば蘭仏のチューリップブームで儲けられるかも知れない。
その上、バブル崩壊で経済的ダメージを負ってくれたら一石二鳥だ。さらに蘭も加えたい。洋蘭は西暦1731年にアメリカ大陸から欧州へ持ち込まれ、交配品種は18世紀半ば以降なので、これもチューリップ同様、人気商品や投機対象足り得る。
この他にも欧州からは、茶、珈琲、砂糖、カカオ、煙草、阿片などで、徹底した収奪を図りたい。着々と構想を練り、実現へ向けて取り組んで行く。
そんな思いを胸に秘め、広之は登城するや沢山の土産と共に開かずの間へ向かったのである。
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