第239話 呂宋戦役
西暦1594年春、織田幕府は呂宋をイスパニアから追い落とすべく、マニラとセブの攻略のため行動に移していた。先ずは台湾に停泊中のイスパニア船を拿捕。そして、島津義久(実際の指揮は義弘)と細川忠興の艦隊は東から南下。レイテ島とミンダナオ島の間にあるスリガオ海峡を通過し、ボホール島へ集結。
一方、高山重友(右近)と中川清秀はセブへ向かった艦隊より遅れて台湾の高雄を出航。西から南下してマニラへ目指向かう。マニラには日本人も多数居住しており、幕府の御用船も停泊中だ。船内には銃や大砲(主にカロネード砲)が満載されている。
マニラの沖合に幕府の大艦隊が姿を表すと潜伏していた幕府兵が一斉蜂起。イスパニアの艦船は陸上から現れた砲兵部隊により全て撃沈された。イスパニア側が迎撃体制に入る間もなく、サンチャゴ要塞も至近距離から砲撃され城門は崩壊。
マニラ市街はパニック状態となり、略奪も発生し、収拾がつかない有り様だ。そこへ、沖合の幕府艦隊も次々に揚陸し、原住民や明国人の兵士は投降するか、逃げてしまった。サンチャゴ要塞に立て籠もったイスパニア人も夥しい艦船と兵士を確認するや戦意喪失。
半日も経たずにマニラとサンチャゴ要塞は陥落。イスパニア王国ヌエバ・エスパーニャ副王領フィリピン暫定総督ルイス・ペレス・ダスマリニャス・イ・ペレス・デ・ソトマヨルは降伏を申し出た。
時を同じくしてセブも幕府軍に攻められていた。こちらはマギンダナオ王国領内で作られたガレー船が明石全登率いる明石機関の手引きにより、次々と敵前揚陸を果たし、各拠点を制圧しつつ、停泊中の艦船はマニラ同様、大砲の餌食となった。
出撃した船も火船に針路を妨害され、艦隊運動が出来ないところへ、無数の大砲が降り注ぎ、大半は沈没。沈没を免れた船は降伏した。サン・ペドロ要塞も大砲で攻撃されるや反撃。外へ出撃してきたイスパニア軍は無数の鉄砲足軽が放つ鉛の雨に跡形も無く壊滅。
さて、フィリピン暫定総督ルイス・ペレス・ダスマリニャス・イ・ペレス・デ・ソトマヨルだが、彼は昨年、幕府の使者がマテオ・リッチをセブへ護送した当時、総督だったゴメスの子息である。
ルイスは元々、イスパニア国王フェリペ2世の近くで仕えていた人物だ。暫定総督になったのは昨年の12月……。父のゴメスがモルッカ諸島・テルナテ島の要塞を占領するため、艦隊で出撃した際、明国人の乗員から反乱に遭い、敢え無く散る。これによって暫定総督となったのだ。
ゴメスが亡くなり、ペドロ・デ・ロハスという人物が総督代理を短期間務める。その後、ルイスが父の後継者となった。ゴメスが反乱で無くなるという不幸な事件については興味深いエピソードを残している。
西暦1593年10月にイスパニア兵士ヒル・ペレスが、マニラから約1万4千km離れたメキシコシティのマヨール広場へ瞬間移動したというのだ(そういう伝承が存在する)。
ヒル・ペレスは瞬間移動の直前、ゴメスが暗殺された事を話す。無論、信じて貰えるはずもなく投獄されてしまう。逃走した可能性と異端の疑いからだ。しかし、後に事実だと証明されたのである。
投獄後、フィリピンより来航した船に乗っていた者が、彼の知り合いで、ゴメス死亡の翌日に見かけた事を証言した。これが、事実であれば幸田広之も驚きの怪現象といえよう。
セブを制圧した幕府軍はマギンダナオ王国の手引きでスールー王国へ侵攻し、占領。スールー王国は解体し、マギンダナオ王国へ委ねたのである。ミンダナオ島から拐われた奴隷は全て開放され、奴隷を使役していた者たちは全財産没収の上、逆に奴隷となった。
捕らえられたスールー王と一族、主な支配階級はマギンダナオ王国へ連行。幕府の報告書では助命の上、平民へ落とされた事になっている。実際は激しく拷問された上、処刑された。
マニラでは高山重友と中川清秀が、フィリピン暫定総督のルイスへ審問していた。通訳は織田信長に仕えていたアフリカ出身の弥助が務めている。
「日本は友好的な関係である我らを裏切り、卑劣な奇襲にて攻め寄せてきた。これは国同士の信用に関わる事であろう。即刻、我らを釈放し、賠償すべきだ。そうでなければイスパニアやポルトガルは断じて日本による野蛮な愚行を許さず、海の彼方から大艦隊が押し寄せ、報復する」
重友は無表情で冷静かつ慎重に語りかけた。
「ルイス殿、先ず明国人の不埒者によって父君であるゴメス殿が不運な最期を遂げた事へ追悼したい。また、我が国は明国人による国外での海賊行為や犯罪行為を明国との条約に基づき対処しておる。ゴメス殿の乗船していた船を乗っ取った者たちはカンボジア領で積荷を売り払おうとしたので、捕縛した。しかし、問題がある。犯人たちを現地の幕府役人が詮議したるところ、フィリピン総督領によるモルッカ諸島への侵攻を食い止めるため、仕方なく行ったと証言している」
「丁重な追悼に礼を申す。捕縛した明国人は即刻引き渡すべきであろう。確かにモルッカ諸島のテルテナを攻略するため父が向かっていたのは事実だ。しかし、テルテナは元々我らの領土だ。正当な行為であり、日本の介入すべきものではない」
「我らが調べたるところによれば、ポルトガルの探検家フランシスコ・セランは遭難し、地元の民から助けられたという。テルテナのスルタンは、その話を聞きつけ、1512年にテルナテまで連れて来させ、同盟を結んだ。やがてポルトガルは砦建築の許可を得た。しかし、ポルトガル人たちは恩を仇で返し、スルタン廃立を企んだり、イエズス会宣教師たちは強引に布教活動へ取り組んだ。そのため1575年に島から追放されたそうじゃな。イスパニアはテルテナで産出する丁子を欲している。ポルトガルが退去した砦を取り戻し、今度は自分たちが大きな利を得たいのであろう」
ルイスは常識では考えられない程、正確に事情や経緯を把握している事へ、驚かずにはおられなかった。
「誤解されているようだ。イスパニアとポルトガルは同じ国王を戴く連合国であり、我が国がテルテナへ進出するのは正当な行為に他ならない。ポルトガルがテルテナを追放されたのは異教徒に迫害されたからである。先に攻撃してきたのは彼らの方だ」
「ひとつ聞きたい。例えば、イスパニア領のカナリアス諸島(カナリア諸島)をイングランドがある日突然、この地はエリザベス女王のものだと領有宣言したら、それは何を意味する」
「無効だろうし、そんな事すれば戦争になってもおかしくない」
「何故、無効なのじゃ」
「当然であろう。我が国の領土を宣言するだけで領有出来るはずもない」
「実態がともなってないという事じゃな」
「その通り。当たり前の話ではないか」
重友の横でやり取りを聞いている清秀は、そろそろ仕上げだろうと思っていた。キリシタンなだけに少し心配だったが杞憂に終わりそうだ。
「ポルトガルがした事は貿易を行い、砦を築いただけなのに、土地の信仰を蔑ろに扱ったのであろう。然るにポルトガルはゴアやマラッカも同様な形で土地を支配してきた。イスパニアにおいてもマニラやセブで行ってきた事は侵略と同じではあるまいか。そもそもイスパニアやポルトガルから異教徒は次々に追放されたという。儂もイエス様を信じる者ではあるが、他の信仰への無配慮は耐え難い。また、貴国がアブレオホスやパレセベラ(諸説あるが沖ノ鳥島や)などと名付けている島々は日本領土である。さらに、サラゴサ条約も侵略宣言に等しい。フィリピンで行っているエンコミエンダ制(イスパニア人征服者へ宛行わられる徴税権や労働徴発権。奴隷に近い)やムスリムに対する改宗の強要も目に余る」
「国王陛下が黙っているとでも思うのか」
ここで清秀が口を開いた。
「良い事を教えて進ぜよう。ヌエバ・エスパーニャ、マラッカ、ゴア、ホルムズも今頃陥落してるはずじゃ。幕府はフランスやトルコに艦船や大砲の建造を注文しておる。今後、香料、磁器、絹などはトルコ、フランス、ネーデルラント、イングランドへ流す。この期に及んで、フェリペ2世陛下が大艦隊を失地回復のため送ればイスパニアやハプスブルク家と敵対する各国は大喜びするであろうな」
「そんな馬鹿な……。インドで貿易してる事は聞いていたが、トルコはおろかフランスと外交関係にあるというのか」
「ワクワクという名を聞いた事がないかのぉ」
「最近、トルコがワクワクという国と貿易しておりエジプトにはインドや東方の品々が流れこんでいるという話は聞いていた。インドにある国だという噂だったが……」
これまで気が遠くなるほど頭に叩き込んだ知識を間違わずいえた清秀は得意満面であった。ルイスはもはや言葉を発する事も出来ない。日本はこれまで数年も掛けて、イスパニアを陥れるため、友好的に見せつつ、用意万端だったのは明白。
恐らく、ヌエバ・エスパーニャ、マラッカ、ゴア、ホルムズも陥落するであろう。それだけではない。何れ東からトルコ、北からフランスやイングランド、南からモロッコが攻められる事もあり得る。
重友と清秀はルイスへ戦時捕虜として待遇や扱いについて記された予備的合意書へ署名させた。用意される部屋、与えられる自由、食事内容、身の安全、本国への送還などについて取り決められている。
マニラとセブでは市中へ、略奪の禁止、イスパニアの発した布告の無効が告げられた。
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