第240話 マラッカ陥落
台湾で高山重友(右近)、中川清秀、細川忠興、島津義久などと別れ、インド洋方面へ向かった織田幕府の大艦隊はプレイノコールで大野治長を降ろした。そして、小西行長と一緒にバンコクへ向かい、上陸を果たす。
小島兵部(織田信孝の異父兄で織田家家老)、水野勝成、生駒善長(五徳の従兄弟)たちは昭南を経由してマラッカの攻略。続いてアチェ王国の服属が幕府より課せられた使命である。
そして、長尾一勝(織田家家老)と竹中重門(竹中半兵衛の家督相続者)たちは、昨年にバンコクへ来航。そのまま、昭南経由でヴィジャヤナガル王国のチェンナイ(マドラス)へ向かった。
ゴア、コジコーデ(カリカット)、ムンバイ(ボンベイ)の攻略、さらに統合力が弱まっているヴィジャヤナガル王国を北西から攻めているビジャープル王国へ牽制するのが目標だ。
さて、小島兵部と小西行長たちはバンコクに到着するや王都アユタヤへ向かった。ナーレスワン大王へカンボジア征伐に対する協力の感謝と婚礼のためだ。以前より政略結婚の話はあったがいよいよ実現の運びとなったのである。
ナーレスワン大王の弟であるエーカートッサロット公嫡男スタット親王へ小島兵部の娘が嫁ぐ。織田信孝の姪にあたる人物だ。当初は織田信長の娘を正室として送り出す方向だったが、織田家の血筋は温存する事に決した。
そのため、選定は難航。織田家の人間と姻戚関係で結ばれた家から選ぶ事になり、小島兵部の娘へ白羽の矢が立つ。事前に信孝の養子となり、相応の格式は整えている。
信孝より持参金として莫大な量の黄金、アユタヤの寺院への寄進、様々な贈答品など取り揃えられた。その結果、アユタヤ王朝の威信を掛けた婚礼儀式が行われたのである。
また、日本からシャムへ新たな技術が伝えられた。製鉄と製紙だ。製紙は砂糖黍の絞り滓から作るバガスペーパーとバナナの幹から作るバナナペーパーについてである。これらをパルプにして日本へ送る。
幸田広之が未来より持ち帰った知識に他ならない。稲藁などから作る藁半紙(わら半紙。本来は洋紙でなく和紙の藁葉紙)やケナフのパルプ生産は既に導入されている。砂糖黍は大量に栽培されつつあり、バナナも豚の飼料として使われていた。
本来ならゴミとなる稲藁、砂糖黍の絞り滓、バナナの幹が商品になってしまうのだからナーレスワン大王も驚きである。こうしてアユタヤ王朝にとり、虎の子である米以外を徹底活用してしまう。バンコクは米に頼らずとも加工で大量の民を維持する事が可能だ。
ジョホール王国領内でも幕府は砂糖黍栽培やバナナによる養豚、およびケナフを使ったパルプ製造を盛んに行っている。無論、現地人の多くはイスラム教徒であり豚を食べない。そこで、次々と産まれる仔豚はシャム領やカンボジア領へ売られていた。
幕府では砂糖黍の製糖、バナナによる養豚、バナナの茎・稲や麦の藁・ケナフによる紙パルプはシャム、カンボジア、ジョホール、バンテンなどでも力を注ぐ。特にジョホール王国は産業に乏しく幕府が様々な物産開発を行い経済面で支える予定だ。
ジョホール王国はマラッカ王国の時代から海洋通商国家であり、中継貿易の関税が最大の収入源だ。しかし、西暦1511年にハブともいえるマラッカはポルトガル王国インド総督アフォンソ・デ・アルブケルケが16隻の艦隊で攻め寄せた結果、占領されてしまう。
ジョホールにて再興するが、ポルトガルに圧迫されかつての面影は無かった。しかし、幕府がジョホール王国へ来航。友好関係を結ぶや状況は一変する。ジョホール王国はマラッカ王国時代から明国の威光を盾とする横暴な明国商人に悩まされてきた。マラッカの陥落には明国人がポルトガルと結んだ事も一因である。
幕府は強大な軍事力、膨大な金・銀・銅や価値の高い商品を背景に短期間で東南アジア貿易の盟主へ君臨した。今やポルトガル船はマラッカより東では相手にされなくなっている。それ以前にマラッカはムスリム商人から忌避され、かつての勢いはない。明国商船も駆逐されつつあったところ衝撃の事態が起きた。
幕府が明国の湊を幾つか租借して、対外貿易を独占。その上、幕府は条約に基づき、海禁を犯した明国商船へ討伐する事が認められたのだ。その結果、明国商船は明国以外の地域内輸送か台湾を中継地にする他無くなった。海賊になれば徹底的に討伐されてしまう。
マラッカ王国時代からの対外商取引はシャーバンダルという外国商人の官吏が行ってきたが、現在では昭南島で幕府が独占していた。幕府は昭南島の租借代と貿易取引額の一定割合をジョホール王国へ納める以外にも領内での商業活動の手数料として十分な額が支払われている。
さらに、ジョホール王国の王族や役人は日本へ常駐している他、使節が日本内外の都市を見てきた。大坂、京の都、神戸、東京、姫路、博多、台北、高雄、バンコクなどの繁栄を知っており、昨年はカンボジアを滅ぼしたばかりだ。
また、ジョホール王の臣下は脇坂安治に同行し、インドやオスマン朝トルコへ足を踏み入れてる。呂宋のマギンダナオ国などとも幕府の依頼で関係を結んだり、かつての勢いが蘇りつつあった。
煙草、薬、生薬、絹織物、綿織物、毛織物、毛糸、生糸、絨毯、陶磁器、漆器、香料、香辛料、砂糖、真珠、象牙、水牛の角、珊瑚、鼈甲、硝石、硫黄、米、麦、豆、魚、ココヤシの胚乳果皮、茶、タマリンド、酒、酢、油、蜂蜜、蝋燭、水銀、辰砂、錫、硝子、紙、紙パルプ、染料、鉄製品、宝飾品、時計、武器など、東西のあらゆる品物がかつて以上の規模にて昭南島で取引されているのだ。
長尾一勝と竹中重門たちの途方もない大艦隊がインドへ向かうため昭南へ立ち寄った際、後からマラッカ討伐の艦隊が来る事を告げられたジョホール国のアブドゥル・ジャリル・シャー王は大いに喜んだ事はいうまでもない。
そして、ついに小島兵部、水野勝成、生駒善長たちの大艦隊が来訪し、ジョホール王国軍も加わりマラッカ海峡を北上。マラッカ沖合に異様な数の艦船が並び、マラッカは恐怖の坩堝と化した。
日本が租借しているクアラルンプールからも1千名程の兵が南下。マラッカ南方からも上陸した兵が北上。沖合から無数の火船が碇泊しているポルトガル船へ突入。続いてガレー船が突撃する。衝角という体当たり攻撃用の固定武装が付いており、カロネード砲も搭載していた。
火船やガレー船への乗船は危険だが、その分特別手当が十分出るため志願者は多い。陸上からもカロネード砲が放たれポルトガルのマラッカ駐留艦隊は壊滅。要塞の門が破壊されると降伏してきた。調印を行い、ポルトガル人を始めとする欧州人は全て保護されたのである。
その中には、日本を追放された後、さらにカンボジアからも追われたアレッサンドロ・ヴァリニャーノが居た。ヴァリニャーノにすれば、遅かれ早かれ日本は牙を剥くと思っていたが、上陸戦の手際があまりにも速い事へ驚く他ない。
鉄砲、大砲、ガレオン船、和洋折衷船、ガレー船、火船などが目的を果たすため無駄なく連携して動いており、かつての倭寇や村上水軍などとは全く違う次元だ。
ヴァリニャーノは面識のある小島兵部から、接収したイエズス会の教会については幕府が買い取り、日本の支部へ支払うと告げられた。その上でキリシタンの幕臣が手厚く管理するという。
相変わらず念入りで隙が無いと感心するヴァリニャーノであった。ジョホール国へ身柄を引き渡されたら嬲り殺しに遭うのは確実だろう。要塞の外へ丸腰で放たれてもこれまで弾圧してきたムスリムやヒンドゥー教徒からリンチにされるはず。保護という形式はロンヴェクで捕らえられた時と同じだ。
実質的に捕虜だが保護という名目で危害は加えてこない。マラッカ侵攻の名目はジョホール国から譲渡されたので、不当に支配する外敵として排するという理由が示されており、一応名分はある。
織田幕府は総裁の幸田広之を始め、ポルトガル、イスパニア、イエズス会、欧州について異常な知識がある。今回もこれまでと同様だ。かつて、ポルトガル王国インド総督アフォンソ・デ・アルブケルケがマラッカを攻めた際、要塞建設の用地提供と賠償金の支払いを要求し、さらにマラッカを占領後に造船所の大工をインドへ連れ去った事を知っている。
我らは法と人権を重んじるので、アルブケルケのように連れ去るなどという野蛮な行いはせぬし、日本の神々や仏へ信仰や改宗など一切求めぬのでご安心下され、などといわれ返す言葉も無かった。
フィリピンやゴアも攻められているという。恐らく陥落するであろう。さらに、ホルムズやヌエバ・エスパーニャも攻めるというのだから尋常でない。その上、オスマン朝トルコやフランスと友好関係にあり、地中海に艦隊を創設するという。
それらが成功すれば、ポルトガルとイスパニアの時代は終焉を迎えよう。織田信長が亡くなり僅か12年で日本は世界帝国への道を確実に歩んでいる。ゴアから帰国しようと思っていたが、ここまできたら日本とアジアの行く末を見届けたい。
カンボジアのロンヴェクからバンコクへ行った時、見た光景も鮮烈だ。日本人、シャム人、クメール人、大越人、フィリピン人、ジョホール人、バンテン人、ブルネイ人、インド人、明国人、琉球人などが住み、仏教、道教、儒教、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教の区別なく融和していた。
バンコクは標識という物をあちらこちらで見かける。トイレ、馬の乗り入れ禁止、煙草の使用禁止、工事中、触るな、など全て描かれており如何なる国の者でも見れば理解出来るのだ。一体、どのような発想で思い付くというのか……。アジアで何かが起きようとしている予感しかない。
アレッサンドロ・ヴァリニャーノは密かにアジアに残る決意を固めつつあった。
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