第83話 ある茶人の苦悩


 近頃、大坂、京の都、堺では茶房や茶荘なる看板を掲げた店がそこら中にある。茶楼などという少しいかがわしい店も出てきた。


 茶屋もあるが、こちらは江戸時代同様さまざまな形態となっており、畿内などで流行っている茶房や茶荘とは明確に違う。室町の世から一服一銭と呼ばれる天秤棒担いだ茶売商売はあった。いずれも、それらの発展した形の店だ。


 織田幕府の要人である幸田左衛門広之が編み出した抹茶羅弖(ラテ)、煎茶、玉露、ほうじ茶、玄米茶、昆布茶、紅茶などを飲ませるための店である。


 以前から存在した甘酒も幸田左衛門広之が夏は冷めたく、冬は熱いものを飲むよう推奨しており、こちらも甘酒売りがそこら中に居る。

 

 豆乳も非常に流行っている、こちらも幸田左衛門広之の推奨で砂糖、蜂蜜、黒蜜を加えて飲む。きな粉や抹茶を加えるものまであって大繁盛。


 茶房は気軽に入れる店から高級店まであるが、茶荘となると高級店しかない。茶荘を利用するのは大店の商人、大名、大身の武士などで、商談や会合で使われたりする。基本、個室だけ。


 また菓子に特徴があり、麻果崙マカロン花林糖かりんとう饅頭、抹茶羊羹、抹茶葛切り、卵多留斗たまごタルトなどが食べれる。


 幸田流の茶は砂糖や豆乳を加えたりすることが多い。しかし緑鮮やかな煎茶や玉露などは贈答品の定番になりつつある。ほうじ茶や玄米茶も大人気だ。


 全国の大きな街や街道沿いの茶店で定番となりつつある茶飯、茶漬け、粕汁も幸田広之が元祖として知れ渡っており、こちらは庶民でも気軽に味わえ、地方によっては大納言飯や大納言汁と呼ばれていた(幸田広之は現在権大納言)。


 各地の大名も人気にあやかり領内で茶を栽培し始めている。中でも徳川家康、細川忠興、高山重友(右近)、中川清秀、滝川一忠、内藤良勝、小島兵部、長尾一勝、幸田孝之などは幸田広之から教えてもらった製法で煎茶や玉露を作っており、新茶の時期になると各地から集められた茶の品評が行われ、大きな行事となっていた。


 この幸田流と勝手に呼ばれる茶が隆盛を極める一方で茶の湯は衰退しつつある。茶会といえば自ら茶を点でることでなく、皆で集まり楽しく出された茶や菓子を食べることを指す。


 茶房は身分や格式によって差別化されているが、殿様や大名の子女が通う店は社交の場と化している。

 

 織田信孝により天下統一が為されまだ数年。しかし世の中は急速に安定。この頃になると誰も信孝をあの織田信長公の後継者などと思う者は居ない。


 立場は完全に逆転している。信長は天下人である征夷大将軍の父親という位置づけでしかなく、もはや過去の人物。


 幸田流の茶が天下泰平の象徴ともなっていた。さらに蕎麦切り、鍋焼きうどん、拉麺、おでん、鰻の蒲焼き、軍鶏鍋、焼鳥、唐揚げ、天ぷら、稲荷寿司など新しい食べ物が街中にあふれている。


 しかし世の中を眺めつつ千利休は悩んでいた。茶に、わび茶もなく飲む人がそれぞれの楽しみ方で茶を嗜む。それこそ己が本来目指すべきものではなかったのか?


 豪勢な茶室を忌避しても茶器は高騰するばかりで、根底は同じなのかも知れない。


 昨今もてはやされている幸田流は茶器などあまり関係なく味本位。店を別にすれば飲む場所は何処でも構わない。天下に名を馳せる堺鍛冶も仕事の合間、部屋の片隅で幸田流の茶を飲むのが習慣化した。


 高価な砂糖を入れる発想も驚きだが、あの羅弖などはどうだろ……。豆乳まで入っているではないか。さらに羅弖や甘い菓子の中に塩をほんの少し入れるなど、まさに飲食を極めている。


 幸田殿は誰でも好きなとき銭を気にせず羅弖を飲める世の中にしたいと申していたが、そのような日も遠からず来るだろう。


 また法による秩序などと申していた。幸田殿や上様であろうと法を破れば罰せられる。法の前に全ての人が同じ立場。かような考えを抱き、実現させようなどと言う者が世の中に居る事が信じがたい。一体、数世代も続いた長き戦乱の世とは何だったのだろうか?


 荒れた土地でも栽培できる芋を南蛮より入手し改良を試みているという。生きている間に乱世が終わっただけでも有難い話だ。しかし、ここ数年というもの天下の様相は良い方向に変わりつつある。


 堺の商人は南蛮貿易を停止させられたうえ事実上の堺解体で恨んでいる商人も多い。幸田殿曰く日本が全体で豊かになるためには必要だと言っておった。


 己も商人なれど、濠で囲った町や私鋳銭などというのは時勢にそぐわない。今思えば南蛮貿易を停止した時、自発的に何とかすべきであった。


 ポルトガルやイスパニア以外にも沢山の国があり、日本や明より進んでいるという。ポルトガルやイスパニアは香料、明の陶磁器や絹などを得るため湊が欲しい。


 いずれ広大な土地と民を支配し、利益を産み出す術を見つける。それを見据えて、対応するそうだ。幕府は現在丹波屋などに莫大な量の胴を掘らせている。いずれは銅銭を鋳造するに相違ない。


 恐らく南蛮との商いを制限しているのは、それも関係しているはず。しかし、この抹茶羅弖と麻果崙は実にうまい。素晴らしい味わいだ……。





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