第82話 夏のキジハタ尽くし
戦国時代や江戸時代は小氷期というがエアコンどころか扇風機さえない時代においてはやはり夏場は暑い。しかし、日中は直射日光を遮れば何とかなる。日が沈むとそれなりに涼しいどころか肌寒い時もあって体調維持に苦しむ。
幸田広之も夏場は涼しく、冬は暖かい住居を建てようとしたが途中で断念。何故なら保温力の高い建築物は風通しも悪く虫害やネズミなどの問題が懸念される。
ちなみに戦国時代や江戸時代もゴキブリは存在する。平安時代にはアクタムシやツノムシと言われたようだ。江戸時代にはアブラムシやゴキカブリ(御器かぶり)と呼ばれ晴れてゴキブリに定着。
一時期は冬の寒さに耐えかね石炭ストーブの開発と導入を思いたったが着火の難含めて見送った。朝鮮半島のような寒さならオンドルとか冬に特化した住宅でも構わない。しかし木材の消費が多くなり禿山となる。
欧州は基本寒いので煙突あるような住宅となるが木材消費以外に衛生度で難ありそうなのは明白。アイヌのチセは夏涼しく冬は暖かいエコホームだという賛美もあるが内地で笹の住宅作るわけにもいかない。またチセは冬場雪で覆うことを前提としており、いわばカマクラだ。
大陸側オホーツク地域だと、さらに激しく寒いわけで、夏冬は違う家に住んだりする。いずれにしろ一長一短あるわけで、伝統に沿って夏へ比重置くしかない。
暑いのは気が滅入る。そんな夏場を何とか食べ物で乗り越えるしかない。そんな夏の暑い日、広之へ朗報がもたらされた。現代なら高級魚のキジハタ(アコウ)が大量に持ち込まれたのだ。
屋敷からの一報を聞き、直ちに下処理の指示を出すや昼食も取らず14時に帰宅した。織田信孝と竹子も一緒に幸田邸へ駆けつける。
広之は帰宅後直ぐに台所へ行き、キジハタの確認をする。何匹か寄生虫入ったものもあったが大半は無事。昆布締めもすでに仕込まれていた。
寄生虫の入ってたものは後で哲普たちが、唐揚げにして食べるらしく、台所の隅に置いてあった。その後、広之は着替えて信孝たちと茶を飲む。茶々もやって来た。伊達政宗はいま羽前に戻っている。
改易となった最上義光が政宗の嘆願により、織田家の直臣として内定。また弟の小次郎政道(史実で政道という説がある)も同じく織田家の直臣となる。
それらを直々に伝えるため国へ戻った。特に叔父である義光へ恩を売る絶好の機会だ。恩を売りつつ厄介払い出来れば一石二鳥。
織田家の領地は現在600万石以上。余裕があるため有力大名や織田家重臣の子弟は直臣として積極的に取り込んでいる。
織田家の領地も膨大だが幸田(孝之)、岡本、小島、長尾などの重臣、丹羽、池田、蜂屋、中川、高山、堀、細川、森、川尻、滝川といった織田家出身が大半。織田信長時代からの盟友徳川家康を除けば外様は少数。
伊達、南部、津軽、上杉、小早川(織田と毛利の両属から脱したが、やはり扱いは外様に近い)、毛利、島津、伊東、宗などだが、これらの外様は処遇について神経質なのは言うまでもない。
伊達は織田の血筋である茶々が入った。しかし世継ぎがまだ誕生しておらず安泰とは言えない。小早川は信長の八男信吉を渋々養子にせざるを得なかった。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。まずはキジハタのお造り、昆布締め、湯引きポン酢、吸い物が並べられる。
幸田邸での食事は順番にうるさくない。あくまで好きなように飲み食いする居酒屋形式だ。それが堅苦しく大してうまくもない料理に飽きている権力者や富裕な人には受けている。
ついでにいえば大名あたりが一家団らんの食事というのも普通はない。信孝もはじめは嫌がっていた。しかし広之の居た時代は家族全員で食事するのは当たり前だという。
席次や名誉を重んじるのは武家として当然である。しかし、いずれ武家や公家も滅びてしまう。ならば少しでも、そこへ至る道を短く、より良いものにしたいというのが歴史を知ってしまった者たちの共通認識だ。
「やはりキジハタは格別じゃな。まさに白身の王。ヒラメも良いが、これには劣る」
信孝は昆布締めを何も付けず食べ素材の良さと昆布の加減に感心している。続いて三杯酢を付け食べるや酒を飲む。うまいに決まってる、という表情だ。
江は用心深く湯引きポン酢を食べるや茶々と初にも勧めている。それを横目に五徳は吸物から入った。竹子はお造りに満足気。酒も進み懐妊して酒の席は控えている末について口走る。
「ところで左衛門殿、於末はお腹も大きくなって元気な男の子かも知れませぬなぁ」
「於末には気の毒なれど幸田は幸田でも彦右衛門のとこへ養子に行ってもらわねばのぉ」
「上様、その辺について於末も心得ており、覚悟は出来ております」
五徳はさも当然とばかりに答える。
「彦右衛門殿のところへ養子に行っても屋敷は隣でごさいますからな」
「左衛門の言う通りじゃ。遠方へ行くわけでない。何と言っても同じ幸田だしのぉ。左か右だけの違い(名前のこと)。しかも織田家の家老であり、石高も50万石以上。於末にしても母冥利に尽きるというもの」
「上様、まだ男子と決まったわけでございませぬ。男女問わず安産で健やかに育ってくれるのが一番」
「相変わらずじゃなぁ」
そこへ室女中がキジハタの天ぷらと醤油酒蒸しを運んできた。酒蒸しのほうは酒と味醂を多く使っており、香りが素晴らしい。
「この酒蒸しはまさしく美味。左衛門殿の屋敷で様々な魚の煮付けを頂きましたが、格別の味わい」
広之自身、キジハタの醤油酒蒸しは大好物である。キジハタに限っていえば竹子が言うようにそのへんの煮魚よりはうまい。
2年物の焼酎に味醂、醤油少し、豆鼓醤、胡麻油、青唐辛子油、大量の九条葱、生姜などで蒸した。
広之は酒(いわゆる日本酒)から焼酎に切り替える。一同も真似して焼酎にした。
「おう、これは香りも良いが、味も複雑じゃのう」
信孝も喜んでいる。そして最後に囲炉裏で鍋の用意がされた。キジハタのしゃぶしゃぶである。お初が付きっきりで湯がいては次々に取皿へよそう。
これには一同笑いながら楽しそうだ。こうして、キジハタ尽くしの宴は賑やかに続いた。
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