第81話 ヴァリニャーノ追放
ヴァリニャーノが日本へ到着後、イエズス会士には一切面会を許されず、伊東マンショら使節団一行の日本人は隔離。伊東マンショに対して幸田広之自ら厳しい詮議が行われた。まず大友義鎮(宗麟)の名代である認識の有無。
案の定当人は有馬のセミナリヨにて学んでいたところ任命されたが義鎮の名代という認識はなく、当然書面でのやり取り等、任命許可に対する証拠は無いというか、関知してないという。
「マンショよ……。そなたが訪れたマラッカやゴアは何故ポルトガル領なのじゃ。それは武力で占領したからであろう。日本からリスボンへ行くまで2年半くらいは掛かる。そんな遠方より至りて何故親切に尊い教えを伝えてくれるのじゃ。誠に親切なのであろうか。本来、マラッカやゴアの民はムスリム。マラッカ王国はポルトガルに国ごと潰され、いまは別の地へ逃れジョホールという新たな国を建国した。我らはイエズス会の布教を受け容れているが、ポルトガルで仏教の宣教を許してくれるか。くれるまい。イスパニアはヌエバエスパーニャでどれだけ民を殺し奴隷にしてるのか聞いて居らぬであろう。布教の先にあるのは何なのか。ポルトガルやイスパニアがこれまでしてきたことは、まず武力で侵略、さらに土地の民へ宣教し治めやすくするためではあるまいか。日本や明が攻められなかったのは民が多く守る術があったからじゃろ。どちらが先であろうと行き着くところは支配でしかない」
世界の図面を見せながら情勢や歴史を丁寧に説明した。伊東マンショは半落ち状態で自身の潔白を主張したが、使節の性質については問題あるという認識だ。
大村純忠の甥で名代の千々石ミゲル(伊東マンショと同じく正使)は有馬晴信の従兄弟でもあるが、こちらは完落ちであった。
十字軍遠征、イスラム教、プロテスタント、異端審問、奴隷、コロンブス、トルデシリャス条約とサラゴサ条約などを説明しつつポルトガルは本来小国で人が足りない。
なればこそ遠方の地を支配して利益得るためには宣教や布教が必要という広之の見解に同意。ついには棄教する方向で証人となることを了解した。千々石ミゲルの場合、大村家や有馬家が織田に滅ぼされており、わざわざ幕府へ恩を売る必然性は薄い。
そして広之は最後にヴァリニャーノと相対した。まず天正遺欧少年使節は誰が発案し目的は何か。大友義鎮へ具体的な説明をした過程。名代として伊東マンショを選んだ経緯など尋ねた。
発案者は自分だが大友義鎮の承諾はすでに離日したイエズス会士や亡くなった日本人信徒の仲介だという。それを証明出来る人間用意出来るかとの問いには全員連絡が取れないとの答え。伊東マンショは結果的に大友義鎮の名代となったが細かい事は知らないの一点張り。
広之は満を持して大友義鎮に使節のことは知らないという証言があり、キリシタン大名も同席していた事を告げつつ署名した供述調書(現代でいえば)も見せた。
そして問題の親書現物を出すやヴァリニャーノは驚愕。署名は大友義鎮自身が否定したことや花押も1582年当時使ってない事を認めているのだ(日本人信徒が読んで伝える)。広之はヴァリニャーノへ布教の大変さを労いつつ、キリスト教がなぜ日本人に受け入れられるのか?
それは多神教なので異国の神々として寛容なのだろうとの考えを述べた。一神教の概念を理解してない者へ十分な知識を与えなければ誤解される危険。
正しく宣教や布教するのであれば、やはり自分たちの神は唯一絶対だと相手に説明した上、信仰を求めるのが筋であり、曖昧にしての信徒獲得は筋道から外れるとの考えを示す広之へヴァリニャーノも反論。
しかし歴史的事実を知った上で俯瞰できる広之には到底太刀打ち出来ない。ヴァリニャーノがもっとも恐怖を感じたのは広之が一神教と多神教の話に異端審問、フランシスコ会、ドミニコ会など混ぜてきたことだ。
マルティン・ルターによる95箇条の論題、カタリ派、コンベルソ、モリスコさえ知っていることでさえ驚愕だが、どうもドミニコ会を日本へ引き入れイエズス会の東方における活動は異端だという落とし込み方に思える。
異端審問の先頭に立って活動したのが、他ならぬドミニコ会士であり、そんな過激な連中を日本に引き入れられたら、血みどろの抗争になりかねない。
批判にさらされポルトガルやイスパニアどころかローマでの立場さえ危うくなるはず。幸田広之はそれをわかっているのだ。
しかも本心は見せず、キリスト教自体の布教には理解を示し、イエズス会へ法から外れた弾圧は一切してこない。すべてこちらの落ち度や事実に基づき法的な対応をしてくる。
もっとも痛いところを我々のルール使って突いてくるこの男はこれまであった日本の武将とは全く異なっており、まさに存在そのものが異端だと感じるヴァリニャーノであった。
そもそも宗教的な相違性はローマ以前にギリシャ。さらにエジプト、フェニキア、ヘブライ、アッシリア、バビロニア、ペルシャなどあり、インドやシルクロードを経由し東方にもつながる。
ギリシャ神話はインド神話に似ている部分があっても不思議ではない。幸田広之はそのような事を色々語りながら今回証拠不十分で刑罰に問わないが、強制退去処分と言い渡した。
ヴァリニャーノは広之がイエズス会の活動禁止はしないと読んでいた。しかし、まさか自身を不問にするとは想定外であり全てにおいて翻弄されているのだと悟る。
傍から見れば、自身が幸田広之と取引をしたり、媚を売って命乞いしたと見られてもおかしくない。このような詮議が行われている間、すでに来日したフランシスコ会やドミニコ会はイエズス会の教会へ訪問し、布教方法を激しく非難。
これは幕府の定める法令において違反の一歩手前だが、同じ宗教ということもあり、ギリギリ許容範囲と見なされた。無論、そそのかしたのは広之である。
ヴァリニャーノの件がフィリピン総督の使者に伝えられるや面会を要望。特別に許可されるやヴァリニャーノを激しく問責。フェリペ2世へ報告し、本国へ召喚の上、罪に問われるだろう、と告げた。
フィリピン総督の使者からフランシスコ会士とドミニコ会士にも伝えられ、後日両会はイエズス会への非難声明を出す事態となる。
こうして後にヴァリニャーノ偽使節事件と呼ばれる出来事は一応の解決(日本において)を見たが、キリスト教同士の激しい抗争の序奏であった。
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