第289話 近衛前久、スイスへ行く

 サヴォイア公国が降伏し、フランス領となった。同時にミラノ公国もイスパニアからの正式な独立と中立を宣言。


 ジェノヴァ同様、ミラノ公は非世襲制(選挙による任期制)となり、立憲君主制による共和国への移行を受け入れた。ヴェネツィアとは不戦条約を締結。


 ヴェネツィアはイングランドと懇意であり、かえってその事が足枷となっていた。つまり、日本、フランス、ネーデルラント、イングランド、トルコ、モロッコによる六ヶ国連合との距離を誤ればオーストリア・ハプスブルク家の不興を買ってしまう。


 しかし、通商国家としてライバルのジェノヴァが中立は形ばかりで、露骨に六ヶ国連合へ歩み寄った事は大いに刺激となった。今後ナポリが攻められ、降伏すれば、アドリア海から出れなくなってしまう。

 

そのへんの事情を汲み取る形で、日本とフランスはイングランドの仲介により不戦条約だけ結び、当面は現状維持という体裁が取られた。無論、形だけなのでヴェネツィアから大勢の使節団が日本とフランスの陣営へ訪れ、非公式会談を行ない、紳士協定など約束されたのである。


 これらの動きについて、オーストリア・ハプスブルク家は苦々しく思いつつも黙認せざるを得なかった。理由はいくつかある。まず、神聖ローマ帝国諸侯が一枚岩でない。


 六ヶ国連合は今のところ、宗教対立を打ち出してはいないが、フランスへ靡く諸侯も決して少なくない。下手にフランスと対峙したり、イタリア方面への介入は、カトリック対新教徒の全面戦争へ発展する危険が伴う。


 現在、ハンガリーを巡りトルコと激しい戦いが繰り広げられている最中であり、ドイツ地域が分裂すれば、収拾出来ない。また、日本がイスパニアの負債を全て立て替えるという話も影響している。


 貸し倒れを危惧していた神聖ローマ帝国領内の債権者はイタリアの幕府同盟軍陣営へ殺到。これらが、日本のスポークスマンやロビイストと化したのはいうまでもない。他にも反ハプスブルク家の勢力が日々増長しており、対応を先送りするくらいしか、出来ないのである。


 また、トルコに攻められる寸前だったシチリアはイスパニアの降伏により、命拾いしている。しかし、同時に六ヶ国連合からジェノヴァやミラノと同じ提案をされたのだ。


 シチリアの隣国、ナポリもシチリアと同じ提案をされていた。これまでと大差ない以上、戦って抵抗する必要性は薄い。基本的には応じる方向だが、政治的駆け引きとして、出来る限り時間稼ぎをしていた。


 こうして、イタリア方面はサヴォイア公国を除き、概ね平和裏に片付きそうな情勢だ。マルタは現在包囲中だが落ちるのは時間の問題であろう。


 丹羽長秀は1万程、現代でいうアメリカ東部へ開拓団として送り込む段取りをしつつ、ロシア方面、カスピ海方面、カザフ方面への仕上げるため移動する事にした。


 また、フランス、ネーデルラント、イスパニア、ポルトガル、イングランド、スウェーデン、トルコ、モロッコなどの使節団を日本へ向かわせるため、既にカスピ海方面へ送り出した。


 この他にも、1万規模の傭兵部隊を作るため、主にスイス連邦から集める手筈だ。この当時、スイス連邦は神聖ローマ帝国から半独立状態でありカントといわれる州の連邦的な体制だったりする。つまり、自由が利く。


 フランスやミラノの助けを借り、スイスへ調査団が派遣された。近衛前久を始めに勧修寺晴豊かじゅうじはるとよ(藤原北家勧修寺流支流、名家、家業は儒道。勧修寺晴子の実兄で後陽成天皇の叔父)、飛鳥井雅庸あすかいまさつね(藤原北家花山院流難波家庶流、羽林家、家業は蹴鞠)、五辻元仲いつつじもとなか(宇多源氏、半家、家業は神楽)、烏丸光宣からすまるみつのぶ(藤原北家真夏流日野氏流、名家、家業は歌道)などの公家衆も同行している。


 一行はオーストリアに近いラガーツといわれる街へ辿り着いた。この街にはタミナといわれる渓谷があり、谷間から温泉が湧き出る。ただ、この時代では汲み上げる事は出来ず、籠に乗って降りる他なかった。


 まさに、秘境の温泉だ。温泉を堪能した一行は現代でいうところのグラウビュンデン州ランクワルト地区の小さな村へ差し掛かった。


「これまた風光明媚な村でおじゃる」


「近衛さん、山羊を連れた童子が来ましたぞ」


「勧修寺さん、山へ案内してくれるようでおじゃいますな。少し遠回りになっても、これまた良きかな」


 しばらく歩き、一軒の山小屋に辿り着く。山羊飼いの少年は「オンヅ、ハイヅ、見慣れないお客を連れて来たよ」と告げるや初老の男は軽く怒鳴った。余計な者は連れて来るなと怒ってるようだ。


 一見、気難しそうな老人は小さな女の子にせがまれ、休ませる事にした。山の少女ハイヅの案内で大自然を満喫する前久たちだあったが、ハイヅの叔母という女性が現れオーストリアへ連れて行くという。


 泣き叫ぶハイヅを不憫に思った前久は叔母に銀貨を渡して追い返した。オンヅは「余計な事をしおって」といいつつ、少し嬉しそうだ。


「あんたら腹が空いたじゃろ。山奥じゃから、たいしたものは無いが、食べなされ」


 そういうと、テーブルへ切り分けた黒パンが置かれ、オンヅは暖炉でチーズを焼き始めた。山羊の乳も鍋で温められる。焼き上がったチーズをパンに乗せ、山羊の乳も出された。


「ほぉ、これは誠に美味。幸田殿の屋敷でも似たようなものを食した事あれど、山の景色を見たら幾重に味わい深い」


「前久さん、これは実に熱いですな。それにしてもフォルマッジオの美味しさときたら」


「勧修寺さん、山羊の乳もよろしいでおじゃる」


 この後、前久たちは、お礼に山羊の乳で抹茶ラテを作り、オンヅやハイヅへ振る舞う。抹茶の風味と砂糖の甘さにオンヅは驚く。しばらくして前久たちは泣きじゃくるハイヅに手を振りながら去るのであった。


※次回はどこかで聞いたような公国に行き、亡き大公の娘と伯爵が結婚するとこへ、前久たちが迷い込み、活躍する話か、ジェノヴァへ行き、貧乏医師の息子と出会う話に、なる予定です。

 

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