第88話 金万福と豚料理
今夏、南方より戻ってきた幕府御用船で来日した異国人は多数居る。小野田少尉の如く呂宋島より帰還した漆黒の野人弥助(元織田信長のアフリカ系家臣)、そして台北より来た広東料理の達人金万福(金萬福ではありません)。
弥助は川口又衛門浩実と一緒に再び呂宋へ向かった。そして広東料理の達人金万福は豚の解体も出来る事などを見込まれ幸田家中として働く事となった。
来日して3ヶ月近く経ち、片言ではあるが日本語が話せるようになっている。河内の養豚ファームでは放し飼いで豚が飼育されており、自然の中で動き、ストレスも少ない。
品種は明から輸入した太湖豚、他に大越や琉球の豚。それらへ九州で明国人に飼われていた豚などを掛け合わせ数種類にも及んだ。全種類の豚を金万福に解体させ、味の品評して、さらなる改良へ繋げる。
記念すべき第1号が幸田邸に届けられた。河内から郊外の村へ生きたまま運ばれ、作業小屋で金万福が解体したものである。食べきれない分は味噌漬け、ベーコン、ハム、火腿(中華ハム)などに加工する。
幸田広之としては豚カツやポークソテーにして食べたかった。しかし、戦国時代の武家なら猪くらいは一度ならず口にして居る者も少なくないはず。
だとしても油で揚げたり、炒めるとか、あまりにも未知の領域。それもソースを使うのはまだ早いかも知れない。そのような広之の判断でまずは紅焼肉、回鍋肉、酢豚、八宝菜、焼餃子、焼売を作ることにした。
金万福の知らない料理もあり、広之も手伝う。ガチ中華全開にされても広之は食べれるが、他の日本人はまず食えない。ある程度、日本風にアレンジしないと駄目だ。
今後は清朝の時代になって発達するはずの広東風飲茶も開発させたい。さらに金万福は薬膳も精通しており、幸田家に仕えてから、薬膳スープをよく作っている。
茶についても末が妊娠中と知り、体を温める姜米茶というものを作って飲ませていた。米を玄米茶の要領で煎って、乾燥させた生姜、ナツメ、龍眼、陳皮を加え、お湯を注いだものである。
紅焼肉はいわば豚の角煮だ。某グルメ漫画で有名になった東坡肉との違いは、焼いてから煮る事。広之は焼酎を贅沢に使い醤油で味付けた。ほんの少し、八角も加えている。箸で切れるほど柔らかくなっていた。
焼餃子はいつも鶏を使っていたが始めての豚肉。塩を1%ほど加え、水は肉の半分。九条葱、ニラ、生姜、胡麻油も入れる。いわゆる肉汁餃子だ。
回鍋肉はいわゆる日本の町中華風ではない。茹でた豚を切り、炒めたもので葉ニンニク(文字通りにんにくの若い葉)が入っている。
味付けは醤油、焼酎、油、塩麹、豆板醤(広之特製)、八丁味噌、唐辛子、生姜、にんにく、豆鼓、山椒。流石の金万福も料理人でない広之が作り出す謎の大明料理に驚いていた。味見しなくてもうまいことは見てわかる。
大体、この家はおかしい。咸魚が普通にある(コノシロやイシモチを塩漬けにして発酵させたあと干したもの)。何でも主人である広之の好物らしく炒飯や粥に入れて食べるとか。広東人の血が流れているのかも知れない。
負けてられない、とばかり金万福も張り切って鍋を振るいまくった。そして豚を食べると聞き、少し不安がっている五徳たちの前に料理が続々運ばれてきた。
全員、普段食べている餃子に手を伸ばした。しかし肉汁が飛び散り驚いている。続いて八宝菜。そして紅焼肉。五徳と茶々は一口食べるや即座に梅酒で流し込んだ。どうやら酒の肴と判断した様子である。
酢豚も明らかに日本の味ではないが酢の酸味は醤油や砂糖の甘味に馴染みうまい。仙丸も酢豚を気に入ったようだ。
問題は本格四川風回鍋肉だ。見た目は真っ赤だがそれほど辛くはない。しかし、あくまで広之基準。現代人より辛さへの免疫が弱い人たちには十分刺激的だ。
広之はご飯を持ってこさせ、嬉しそうに食べている。夢にまで見た本格的な回鍋肉をついに食べれる時がきたのだ。現代なら、中華系や韓国系のスーパーへ行かなければまず売ってない葉にんにくも贅沢に入っている。
内心、広之の事を尊敬している茶々は見様見真似で自身もご飯を持ってこさせ回鍋肉をのせて食べる。驚いたことに米と合う。いや合うどころの話でない。無限にご飯が食べれそうだ。
回鍋肉、酢豚、八宝菜、焼餃子、焼売など並んだら、ご飯がいくらあっても足りるはずもなく、仙丸でさえお替りしている。
この日、金万福が作り出す料理は奉公人たちにも出され、皆ご飯を食べまくった。
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