第89話 東国の開発と織田幕府

 幸田広之は幕府発足直後から植樹に力を注いできた。比較的成長の早い檜や欅を中心にしている。そもそも建築、造船、紙、燃料など需要が膨大で足りない。


 戦国大名が植樹に注力するはずもなく荒れ果てた山野は珍しくもないため、早急な対処を試みた。そういう意味で期待しているのは北方と南方である。北海道、樺太、沿海州、アムール側流域、台湾、呂宋など樹木は豊富だ。無論、植樹はそれらの地域でも行う。


 地産地消ではないが台湾、奥羽、北海道にも本格的な造船所を作る。畿内周辺と東国では身も蓋もないが経済力において雲泥の差だ。かつて滝川一益は東国がいかに上方と違うか語った。


 まず畿内は人が多い。その上、二毛作も普通。滝川一益は生前、畿内へ戻ることを渇望しており、伊勢(池田の5万石を除く)が与えられ、移封となったとき、心底喜んでいた。


 畿内は織田信孝が治め、その周辺は池田、稲葉、丹羽、幸田(孝之)などの主要家臣によって固められていた。  そこへ割って入る事は家の安泰ともいえる。上野衆は現地に残ることを許されず一益と伊勢入り。


 無論、不満もあった。しかし、多くの国人は家を半分に割って、上野へ残った方が織田家直臣となっている。上野衆は功績を認められかなりの優遇がなされたのだ。


 例えば真田家の場合、真田昌幸と嫡男信之は伊勢、次男信繁(幸村)は織田家直臣として武蔵に知行を得ている。信繁は現在江戸詰めだ。


 また、昌幸の弟信尹も織田家直臣となり上野に知行を得た。昌幸の叔父矢沢頼綱も織田家直臣となり大坂詰めとなっている。他の上野周辺も似たような処遇だ。


 昌幸は伊勢へ入ると、一益が喜ぶのも無理はない事を痛感した。同じ石高であっても実入り、物資の流通、文化レベル、人の往来などが比べ物にならない。清洲(現在は名古屋城が中心になっている)、岐阜、安土、大津、京の都、大坂、堺など見て心底驚いた。


 一方で不満を抱いているのは蒲生氏郷である。近江日野城と春日山城代からすれば大幅な加増ではあるが奥州の海もない地。絶望したのは言うまでもない。


 信孝からは、奥羽の要であり万一関東で何かあった時は頼む、と言われ信用されてるのは疑いよう無い。しかし、上方、越前、濃尾勢、西国などと比べ明らかに領地として劣る。


 広之としても東国の開発と発展は重要課題であり上方の余っている農民、漁民、浪人などを好条件で関東、奥羽、北海道などへ送り込んだ。


 稲も寒冷地向きの品種改良しているが、もとより寒さに強い麦類、蕎麦、大豆、小豆、とうもろこし、じゃが芋などの栽培に力を入れている。


 現金収入のため養蚕なども奨励されており、徳川家領内で生産された茶の多くは北関東、奥羽、北海道の内陸部へ送られ冬場の貴重なビタミン接種に役立っていた。無論、養蚕で大量に出る蚕も蛋白源として利用されている。 


 幕府の政策により東国への流入人口増加、天下普請の経済効果、農作物の増産、鉱山開発、漁業の需要増加、養蚕、造船など功を奏し発展は目覚ましい。人口の増加も順調。


 広之の構想では早い段階において日本の人口を倍増させるつもりだ。出生率は西日本(東海地方や越前も含む)8、東日本6と計算している。


 少なくとも畿内および周辺では想定に近い推移を見せている。天下平定の1585年を起点にして、1615年に達成出来れば江戸幕府より100年近く早い。三法師もまだ36歳である。


 広之はかねてより信孝や長秀と相談して決めている事があった。それは三法師が元服した時、本来の歴史を教えるつもりだ。 


 三法師が仮に65歳まで生きるとすれば1644年頃他界する。つまり史実における寛永の大飢饉直後。寛永の大飢饉が発生したのは1640年から1643年に掛けてだ。そこまでに成すべきことは山ほどある。


 日本列島全体が3年連続の冷夏や干魃にでもならない限りは、最低限度の被害で乗り越えられる体制や仕組みを構築するべく着々と整えつつあった。


 広之は冷夏や干魃の際における対応マニュアルも策定済だ。順調に行けば三法師時代、織田幕府は早くも黄金期へ突入する。17世紀中に日本は鎖国せず西欧や中国(現在は明王朝)の知識を吸収しつつ発展し続けるであろう。


 少なくともそのような想定のもと幕府運営を推進している。信孝や長秀は徳川幕府の最期を知ってしまった。長州征伐すら出来ず(したけど失敗)に旗本8万騎、御三家、譜代、親藩など大して役にも立たず幕府は消える。


 そして広之の居た時代、武士や公家も存在しない。階位、官職、百官名なども無く、全く違う国となっている。いずれ織田幕府も徳川幕府より早く消えてもらうつもりだ。


 武士や公家などという存在を無くすための織田幕府であり、それを知る者は広之の他、信孝、長秀、幸田孝之、岡本良勝、蜂屋頼隆の6人しか居ない。


 それが織田幕府に課せられた役割と宿命であった。

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