第225話 冬のじゃが芋
秋植えのじゃがいもは収穫期になっていた。同時に薩摩芋の収穫期でもある。この時期になると焼いた薩摩芋があちこちで売られており、俳諧の季語ともなりつつあった。
幕府としては、どちらかといえばじゃが芋を推奨している。じゃが芋は春と秋の2回作れる上、秋植えは8月あたりから始めて、11月頃に収穫可能だ。つまり、凶作が確実となった場合でも十分に間に合う。
じゃが芋と台湾に備蓄しているシャムや広南で買い付けた米を輸入すれば被害は最小限度で抑え込める算段だ。また、寒冷地や痩せた土地における貴重な食料として、奥羽、北海道、沿海州、清州、遼東などでも栽培は奨励されていた。
幸田広之は現代へ行った際、男爵とメークインの種芋を持ち帰っている。これらは栽培した後、全て種芋となっていた。春植えの種芋は半分ほど国外へ送られており、各地で増やされていく。
北方の広大な領土を獲得しつつある織田幕府としては寒冷地栽培は重要課題であり、その中核がじゃが芋となる。じゃが芋の他に、とうもろこし、大麦、韃靼蕎麦、豆、甜菜などあれば、主食、酒、茶(韃靼蕎麦茶)、砂糖、醤油、味噌、家畜飼料が賄えてしまう。
じゃが芋の特筆すべき点は米のように脱穀、籾摺り、精米などという手間が要らない。何しろ適当に切って、味噌汁に入れたり、そのまま茹でるだけで食べれる。手間を考えれば、ある意味最強の主食かもしれない。
そんな、じゃが芋はペルーとボリビアの中間地点にあるチチカカ湖畔が発祥だという(定説では)。チチカカ湖はアンデス山脈に位置し、標高は3千メートルを超えており、降雨量は少なく、乾燥地帯だ。さらに冬の最低気温は0℃以下という過酷な環境下で栽培され、インカ帝国を支えた。
インカ帝国が滅亡したのは西暦1533年。イスパニア人が本国へじゃが芋を持ち帰ったのは西暦1570年頃と推測されているだけで確証はない。イスパニアから欧州各地へ伝わったのは西暦1600 前後と思われる。
それも当初は植物として細々と栽培されていたらしい。17世紀に入り、食料として栽培が本格化し、30年戦争後のプロイセン王国で、強制的に奨励されたという。ちなみに30年戦争の終結は西暦1648年である。
現状において、日本はじゃが芋の食料利用で半世紀程、欧州をリードしている可能性が高い。海外への入植におけるプログラムのような物を幕府は用意しており、最初にじゃが芋の種芋を植える程だ(種からだと2年以上は掛かる)。
日本において、じゃが芋の専門料理というのはまだ無いに等しい。大抵は茹でるか、味噌汁に入れるだけだ。後は、おでんの具や煮物(ようは、じゃが芋だけの肉じゃが)といったところであろうか。
そこで、広之としては、じゃが芋料理を啓蒙すべく普及以前に美味しさを知ってもらいたい。何品か用意して試食を行うことにした。フリッツ(フライドポテト)、ブラートカートッフェルン(いわゆるジャーマンポテトの元ネタ料理)、ベイクドポテト、スパニッシュオムレツ、ホットドッグの5品を用意する。
フリッツはじゃが芋を切った後に酢水へ浸す。取り出したあと軽く塩茹で。湯を切った後、冷めるまで待つ。これを低温で揚げた後、少し休ませて高温の油へ入れる。ソースはハニーバターとハニーマスタード。
ブラートカートッフェルンは時期的に玉葱が無いので、じゃが芋だけで作る。ベーコンを炒め脂を出す。そこへソーセージと茹でたじゃが芋を入れて炒めるだけだ。
味付けは塩と胡椒のみ。本場の物はジャーマンポテトより肉々しい。回鍋肉にしてもそうだが、日本へ持ち込まれてローカライズされると野菜でかさ増しされる事が多い。
広之は肉山298から常々、日本人は肉を軽んじてる反面、肉を食べるため農民を犠牲にしたり、奴隷労働が緩やかだった結果うんぬん、と聞かされていた。そういいつつ、肉山298は結構ジャーマンポテト、日本式の回鍋肉、キャベツばかりのタッカルビなど好きだったりする。
ベイクドポテトは茹でたじゃが芋の皮を残してくり抜き、身はマッシュ状にする。それにマヨネーズとバターを加え皮に詰め、チーズをのせて幸田家特製オーブンで焼く。焼き上がりに明太子ソースを大量に掛けて完成だ。
スパニッシュオムレツは千切りにしたじゃが芋をオムレツ風に焼き上げる。これは、広之が自分で焼いた。ホットドッグはプレッツェル風のパンを焼き、胡瓜のピクルス、ザワークラウト、マッシュポテト、ソーセージを挟み、マスタード少し掛けただけだ。
織田信孝と竹子、さらに来年元服を控える三法師や茶々もやってきて、食事が始まった。皆、フリッツの美味さに驚き、止まらない。
「左衛門よ、この芋揚げは見事じゃ。揚げるだけで、これ程とはのう。これは流行るぞ。いくらでも食べれる」
「上様、有難きお言葉。日本以外の各地へ我が国の物として広めましょう」
「左衛門殿、これはもしや明太子でございますか……」
「五徳殿、明太子をオリーブの油や味醂と和えました。チーズと明太子の相性は如何でしょうかな」
「これは、酒に合いそうですなぁ」
一同、大きく頷いた。さらに竹子がブラートカートッフェルンを食べて固まる。
「御台様、如何なされましたか」
「じゃが芋なぞ、おみおつけ(味噌汁)に入れるくらいと侮っておりましたが、肉や脂との相性が宜しいのぅ。これも酒が合いそうじゃ」
「幸田様、この卵焼きも酒に合うはず」
「イルハよ……。わかった酒を用意すれば良いのじゃろ」
広之はお蒔を呼んでこさせ、フリッツの追加と酒を用意するよう命じた。その間にも信孝たちはホットドッグを食べて喜んでいる。しばらくして、追加のフリッツが運ばれてきた。
今度は軽く塩を振った後、青海苔、七味唐辛子、胡麻油で和えた九条葱、普通の刻み海苔がのった和韓折衷だ。あらかたの料理を食い尽くしていた一同は美味そうに食べる。
慌てた広之はソーセージを茹でて、チーズとオリーブ漬けを持ってくるよう、再びお蒔に命じた。程なくして、それらの食べ物と別に金万福が作ったという、じゃが芋の短冊を鷹の爪、にんにく、アンチョビで炒めたオリジナル料理も登場。
こうして、いつもの如く試食というよりは単なる飲み会になってしまうのであった。
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