第384話 マリア・デ・メディチの朝食

 晩餐会の翌日、トスカーナ大公フェルディナンド1世の姪、マリア・デ・メディチは目覚めた後、部屋で朝食をとっていた。脳裏には昨日の晩餐会が鮮明に刻まれている。


 欧州の貴族において、メディチ家での食事は最上位のはずだ。ところが、晩餐会の食事は遥かに想像を超えていた。まず驚かされたのは食器である。


 欧州でも磁器は出回っているが、絵柄の華麗さにおいて、比較の対象とならない。さらに、皿の上に被せた銀色の蓋にも驚いた。装飾が施されており、美術品としても素晴らしい。


 マリアが驚いたのは蓋のクローシュである。クローシュはフランス語で鐘を意味しており、17世紀~18世紀のヴェルサイユ宮殿を中心に広まったという。   

 

 広大な宮殿で食事を出す場合、時間がかかるため、冷めないような配慮の結果といわれている。また、蓋を外すという演出効果も喜ばれ、広まった。


 ひと皿づつ提供するスタイルやクローシュは本来ならば16世紀には存在しない。テーブルに置かれたランプも芯が無く、石と水で反応させていると説明された。


 料理の味や見栄えにも驚いたが、あれだけの人数分をひと皿づつ何度も出すなど、メディチ家であっても不可能だ。皿に大量の料理をすべて乗せてしまうか、その場で取り分けるなどしなければ対応出来ない。


 作り置きされたような料理はひとつもなかった。熱いか、冷たいかである。熱いものをのせた皿は熱湯をくぐらせたらしく端のほうも温かかった。


 さらに、イスラム教徒やユダヤ教徒、インド人なども一緒に食事を行なうため、徹底的な配慮がなされていた。ゆえに肉は鶏だけ。酒も提供されず終い。


 その代わり、料理にはあらゆる工夫が施されている。例えばポロ葱だ。軽く焼いたポロ葱は鶏と野菜の出汁や牛乳を使わずオーツ麦の乳などで煮込まれ、トロトロであった。ポロ葱があそこまでの味わいとなってしまうのだから驚く他ない。


 マリアは頭で様々な事を整理しつつ朝食へ臨んだ。合同の晩餐会以後は自由だという。各部屋や談話の出来る間、さらに小さな間で好きな物を食べれるらしい。


 部屋へ届けてもらった朝食はクロワッサン、フレンチトースト、じゃが芋と干し鱈のポタージュ、ソーセージ、作りたてのハム、豆の煮物、グリンピース、マッシュポテト、果実など盛り沢山だ。


 昨日、クロワッサンを食べたマリアだが、直ぐに再会出来て喜んでいた。本来の歴史では17世紀にオーストリアのウィーンで誕生したパンだ。


 クロワッサンはフランス語で三日月を意味する。戦争していたトルコの国旗に見立てたものだ。クロワッサンには普通のバター、蜂蜜バター、ピーナッツバター、ジャム、加糖練乳なども添えられていた。マリアは侍従に話し掛けた。


「アデリーナ、この三日月のパンときたら何という美味しさでしょう。昨日はプロシュートが挟んでありましたわね。色々塗るものがあって迷ってしまいます」


「マリア様、三日月のパン自体も格別な風味と味わいでございます。何種類も付けるものがあっていくつ食べても足りないほど……」


「本当に困ったものです。エテルニタスから瀋陽までは毎日馬に乗っていたから良いものの体を動かさずこのようなご馳走三昧では太ってしまうでしょうね」


 マリアはそういうつつもためらいなく砂糖と牛乳がたっぷりのロイヤルミルクティーを飲み干すとお替りした。ポタージュもお替りしたかったが流石に思いとどまる。こうして優雅な朝食は続く。


 そして昼頃、ついにピザやトマトソースのスパゲッティと遭遇し、驚愕するマリアと侍女たちであった。


 

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