第393話 丹羽長秀と近衛前久①

 幸田広之は迎賓館における各国使節との会談も終わり、忙しさの峠は越えた。他にも帰還武将たちとの個別面会、地震の後処理、来年度の予算確定など並行していたが、いずれも問題はない。


 さらに、欧州や遼東などから帰還した武将たちも落ち着いてきた西暦1596年11月下旬、新たな元号へ改元されたのである。史実通り慶長となった。


 本来、天正から文禄となったあと慶長だが、文禄は幻となり、世に登場しなかったことになる。以前から正親町上皇が崩御された場合は改元し、以後天皇ごとに元号を固定する事がほぼ決まっていた。


 ちなみに、この時代は追号で○○天皇は使わない。第63代冷泉天皇から第118代後桃園天皇までは〇〇院を使う。当時、崩御後であっても正親町天皇などと人々が口に出すことは無かったはず。


 正親町天皇でいえば諱は方仁、追号が正親町院となる。後陽成天皇の代から追号は慶長院もしくは慶長天皇となる予定だ。明朝の場合はすでに天皇と元号は同じである。


 ただし、諱は翊鈞、廟号は神宗、諡号は範天合道哲粛敦簡光文章武安仁止孝顕皇帝であり、生前に万暦帝などといわれたことは無いだろう。


 あくまで便宜上、万暦帝という呼称が使われているだけだ。そもそも中華文明圏において帝王は名を口に出来るような軽い存在ではない。


 さておき、今回の改元が大きな歴史の節目となりそうだ。そんな初冬のさなか、近衛前久が大坂へ訪れた。孫娘の太郎姫も一緒である。そこで、幸田広之は前久と太郎姫、さらには丹羽長秀と幸田孝之を招いた。


 孝之は来春にも広之の次男仙千代と養子縁組の儀を執り行なう予定だ。孝之は播磨と美作を領有し、最新の石高は80万石近い上、換金作物、漁業、工業、商業ともに盛んであり、織田政権屈指の大大名と目されている。


 幕府の三大重要人物、さらに元関白が集うとあって、幸田家では朝から準備を進めていた。五徳、江、末、登久、久麻、福(春日局)、貞姫、梶なども万全を期して余念がない(初とお菊は身籠っている)。


 料理に関しては、哲普、お初、金万福が迎賓館へ詰めているため不在だ。しかし、他の料理人も十分育っており問題はない。金万福の妻である王春華、お蒔なども一人前として活躍していた。


 大坂前、淡路島産、若狭からの俵物など、魚介類など、各地からの魚介類を調達・取り寄せに細心の注意が払われている。そして、広之が申の刻茶前に帰宅すると台所の準備状況を確認。特に問題は無かった。


 今回は囲炉裏で炉端焼き、塩麹おでん、平目の昆布〆、蛸の土佐酢、難波葱のぬた、鱧の土瓶蒸しなど、幸田家にしてはオーソドックスな料理が用意されている。


 そうはいっても洗練されていることはいうまでもない。まず、炉端焼きは鰤・鰆・鯖・かんぱち・紋甲烏賊・車海老・さざえ・豚バラ・チーズベーコン巻き・里芋・椎茸・マッシュルーム・難波葱・豆腐などは串に刺され、ひと口サイズだ。


 物によっては麹、味噌、味醂醤油などに漬けられていた。また各種つけダレも用意されている。この他にも豆腐、鶏のつくね、五平餅などもあり盛り沢山だ。


 塩麹おでんは出汁に文字通り塩麹と白味噌が入っており味わい深い。こちらも、がんもどき・厚揚げ・豆腐・大根・豚バラ・鶏つくね・薩摩揚げ・半平・竹輪・蒟蒻・たまご・じゃが芋・餅巾着・蛸など種類豊富である。


 食事の進む中、丹羽長秀、近衛前久、太郎姫たち3人は早々と幸田家へ到着。広之、長秀、前久は小さな部屋で茶を飲みながら雑談に花を咲かせる。


「いずこの家中も同じであろうが、出征した者たちは時の流れを十分知り得たはずじゃ。戦場で御首みしるしを取り、武功とする時世は東国征伐までのこと。政治目標を達成するため、政治戦略・経済戦略・文化戦略・外交戦略・軍事戦略なんぞがあり、最後はいくさじゃ。いくさのためには作戦計画の立案においては、彼我の戦力や士気、物量や補給線、地形、気象、敵情などが前提となる。いくさは戦闘行為のひとつでしかない。戦闘行為とは進軍、後退、攻撃、防御、補給など……。幕府は戦ってみないと分からぬいくさはせぬ。戦う前にすべて終わっておる。もはや昔と異なろう。左衛門殿(幸田広之)、そうであるな」


「五郎左殿(丹羽長秀)の仰られる通り。算盤の弾き方ひとつ。政治目標を達成した場合の利益に対し、見合うか、否か。見合わない場合、遂行する価値。要する被害や支出をいかほどに見積もるか。こたびは兵が亡くなれば犬死とはならず、大きな費用を要することを知らしめました。これにより、戦争というのは銭が掛かり、無駄ないくさで兵を失うことの意義は多少なりとも伝わったかと存じます」


 二人の話を聞いていた幸田孝之も言葉を発した。


「幕府は出征した兵士や小者たちすべてに功労金、見舞金、療養給付金、弔慰金などを支給しますからな。それでなくとも、兵糧や各地での費用等すべて幕府の負担。もはや、幕府において直参と外様なぞ意味はござらぬ。殿(織田信之=元三法師)が将軍を継ぐ頃にはそれがしを含めて大名は地方の役人となっておりましょう」


「お武家や幕府が民のことを思い変わろうとしておるのにお公家や朝廷は伝統を重んじるばかりで面目おじゃらん。されど、暦と時刻については大樹公(将軍のこと)の代が変わるまでには何としてでも改めねばなりませぬなぁ」


「龍山様(前久)、その件については当分並立にて様子を見ましょう。強いては事を損じます」


「幸田殿(広之)、かたじけのぉ、おじゃる」


「龍山様、来年は公家の方々にも遼東、バンコク、新亜などに行って頂くお話しは進んでおりましょうか」


「幸田殿(広之)、それはご懸念無用でおじゃる。摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家など40余名ほどの者が望んでおじゃれば、その辺はお上と幕府次第……」


 近衛前久の話に触発された公家たちは海外への渡航を強く希望している。広之としては将来的には海外宮家の構想あってのことだ。海外への話が盛り上がる中、食事の準備は進んでいた。








 

 




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