第394話 丹羽長秀と近衛前久②
幸田広之たちとは別の間では五徳たち女性陣が太郎姫を取り囲んでいた。太郎姫は明るく社交的な性格であり、すっかり溶け込んでいる。織田信之(元三法師)の正室候補筆頭と目されており、五徳たちも対応には気を使っていた。
太郎姫は12歳(数え。史実では生年不明)であり、嫁ぐまで5年以上は要する。そのため、側室を前提とした妾を設けることも検討されてはいるが世継ぎ問題が発生しないとも限らない。
信之の子たちが将軍へ就任する時、織田信孝と広之はこの世に居ないはずだ。織田幕府第三代将軍の座を巡ってお家騒動へ発展してもおかしくはない。
そうなる前に太郎姫を正室として大坂城奥御殿へ迎え入れ、その上での側室ならば尋常といえる。そこへ割って入ろうと虎視眈々なのが武田勝頼の遺児である貞姫だ。
幕府がいずれ東京へ拠点を移すのは決まっており、公表されている。織田家関東衆を盾に信孝の側室嶋子が暗躍しているが、まんざら悪い話でもない。
ただ、信之の正室を狙っている人物が他にも居た。丹羽長秀に次ぐ大大名徳川家康である。17歳(数え)の三女振姫を正室にして、その上あわよくば亡くなった長男信康の娘である登久と久麻のいずれかを側室へしようと目論んでいた。
現在、すでに次女督姫を信孝の側室としている。信康の自刃で五徳を織田家に返した結果、両家の縁戚は振り出しへ戻った。織田家が幕府を開いた以上、家康も必死だ。
そんな家康にとって太郎姫と貞姫の存在は心中穏やかではない。帰国後、幸田家へ挨拶のため訪れているが、事前に駿府より呼び寄せた振姫も帯同させていた。
本来の歴史では天下を取ることなど知らず、少なからず警戒されているとは知る由もない。ひたすら織田幕府にてお家安泰を願う家康であった。
現在、甲斐源氏武田家を暫定に継承しているのは武田信君(穴山梅雪)で、織田家の家臣ながら徳川家の与力となっている。万一、貞姫が正室ないしは側室となり、男子を何人か設けた場合、うち1人は甲斐源氏武田の宗家を名乗る可能性もありえた。
その場合の対策も家康は信君と講じねばならないと考えている。また、貞姫の後見人的存在である嶋子へ探りを入れるため関東情勢に詳しい北条氏規とも話し合うつもりだ。
家康はこれまで小弓公方や古河公方などの系統とはほぼ付き合いも無かった。ましてや武田晴信(信玄)の娘2人(松姫と菊姫)に武田勝頼、仁科盛信、小山田信茂たちの娘が真里谷武田(甲斐源氏武田の傍流。いわゆる上総武田家)や里見など大名としては滅んだ旧勢力などとも関係を保っていることへ少なからず驚く他ない。
ちなみに、家康と近衛前久の縁も長かかったりする。徳川家は清和源氏新田氏流世良田を標榜しているが得川の祖は新田義季(世良田義季)だ。
得川というのは新田義季の住んだ地名であって、新田氏からすれば数ある支族にしか過ぎない。そもそも義季が得川を名乗ったかも怪しいとされる。
現代だろうと、同じ姓の親戚を指すとき、横浜の叔父さんや千葉の叔母さんなどといったりするわけで、それに近いのかも知れない。あくまで区別が前提であり、得川や徳川以外に得河あるいは徳河などという表記も存在する。
しかし、その後得川郷を受け継いだのは得川家の外戚であり、養子となった岩松家だ。岩松家も家臣の横瀬家(後の由良)から実権を奪われた。
この岩松家は得川郷を含む世良田から追われる前は室町幕府の足利将軍家から惣領家が絶えた新田氏の後継として認められている。史実においても徳川将軍家は新田氏の宗家とみなしていた。
そうはいっても微禄の交代寄合だ。交代寄合というのは領地に居住し、参勤交代を義務付けられた旗本である。生かさず殺さずを地で行くような扱いといえよう。
家康は若い頃、三河守任官を朝廷に働きかけた。しかし、世良田源氏の三河守任官は前例が無いという理由で拒否されていた。露骨といえるくらい冷たい仕打ちだ。朝廷にすれば得川以前に世良田の傍流など、道端の石ころくらいなのだろう。
苦慮した家康は近衛前久を頼る。世良田義季(得川義季)の末裔ではあるが、源氏から藤原氏へ分流したという扱いにより、従五位下三河守に叙任された。
豊臣政権下では豊臣氏となり、関ヶ原の戦いで勝利後、再び源氏を標榜している。現在は藤原氏であり、いずれにしても世良田の傍流として肩身は狭い。
せめてもの救いは織田家や丹羽家(児玉丹羽家)が藤原氏であり、あとは権大納言の大大名として他を圧倒している。さらに強固なものとすべく織田家との姻戚を強化したかった。また、今川氏真や吉良義定などを家臣に迎え入れてるため、相応の威厳は保てている。
このように太郎姫の存在は各方面へ少なからず波紋を広げていた。
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