第79話 南方よりの使者
夏になり南方から幕府の御用船が続々と日本へ帰って来た。イスパニアからの使者(正確にはセブに居るフィリピン総督からの使者)以外にシャム、ジョホール、マタラム、バンテン、スラバヤ、大越(鄭氏と阮氏)などからの使者である。
幕府はこれらの使者を歓迎するため10万人規模の動員を行った。この日に備えイエズス会や明国人へ迎賓館の建設を発注しており、和洋中の織り交った内容で使者の満足度も高く、概ね好評。
幸田広之は各国の使者と個別に会談し、湊の使用、貿易、幕府大使館と商館の設立、日本人居留地、援助、交流など話しを煮詰めた。
明のような朝貢貿易や従属ではなく対等の関係にするため、十分な説明と配慮を示す。特に念入りだったのはシャムとジョホールだった。
シャムにはビルマへ侵攻する際は幕府軍精鋭を1万ほど派兵および周辺地域の貿易拠点とする見返りにチャオプラヤー河口域(現在のバンコク)、パタニ方面、カンボジア西南部の開発を要望。
ジョホールへは商船や鉄砲の譲渡およびに貿易の見返りとして現在ポルトガルに占領されているマラッカの租借を要望。そして、主役はセブに本拠地を置くスペインのフィリピン総督からの使者であった。
フランシスコ会とドミニコ会の布教を日本で行うことを認め、指定された湊であれば来航と貿易は自由。またマニラにおける貿易と日本の船がイスパニア領の湊で補給することを要望。
そもそも以前にフェリペ2世へ同様の内容で親書を送っている。フェリペ2世はフランシスコ会とドミニコ会の布教許可を評価。またマニラ、日本、アカプルコを結ぶ三角貿易の提案に飛びついてきた。
かような背景があるので話し合いは終始順調で締結される運びとなった。もうひとつ広之が待ち侘びていた物が使者より渡されたのである。天正遣殴少年使節が渡した親書の現物だ。
広之はフェリペ2世への親書に以下のよう事を記していた。
「陛下がお会いした日本人たちは残念ながら日本国の責任ある立場の権力者による使節ではなくイエズス会が活動を誇張するため、その辺の子供を勝手に連れて行っただけと思われます。署名や印判も偽造されている可能性が高いです。事実であれば我が国の法に背くだけでなく、陛下やローマ教皇に対する侮辱。非礼とは存じますが願わくば調査のため親書をお貸しください」
大友義鎮が当時使用していた署名と花押も添付。普通に考えれば激怒に至らなくても不信感は抱くはず。しかし実際はフェリペ2世が激怒したらしく協力的だった。
広之は渡された親書を確認し、問題の捏造を見ながら満足したのは言うまでもない。この後、遅れて来日するヴァリニャーノをこれで完全に詰める。
無論、親書の現物が手許にあるのは伏せて話す。最後仕留める時に出すつもりだ。使者に同行しているフランシスコ会士やドミニコ会士へ広之はイエズス会がインドや明国でどのような布教をしているか聞いた話として伝えた。
明も日本同様多神教の土地であるがイエズス会は布教のため多神教の神とデウスを恣意的に混同させている。先祖崇拝なども宗教儀式ではなく伝統的な慣習として容認。これはキリスト教への背信にあたらないのか懸念している、と囁いたのだ。
フランシスコ会士とドミニコ会士が顔を真っ赤にして激怒したのは言うまでもない。広之は日本での布教についてデウス、イエス、マリアなどは訳さずそのまま伝えるほうがよいと忠告した。漢字のイメージは強力なので訳すと本来の教えが歪むと説明。
無論、本心は日本語化しないと理解されにくいに決まっている。勝手に訳のわからないこと喚いてれば布教がうまくいくはずもない。そうとは知らずイエズス会への怒りとキリスト教へ理解的だと勘違いし、感謝するのであった。
ヴァリニャーノを処分した後、イエズス会はフランシスコ会とドミニコ会から激しく追求されポルトガル、イスパニア、ローマなど巻き込み大紛争になるのは確実。
いずれ明国皇帝へ親書送る際は向こうが知らないポルトガルやイエズス会、そしてイスパニアの情報を山程盛り込む。明で布教しているはずのマテオ・リッチが、どうなるのかは知らない。広之はそう思っている。
他にも広之がイスパニアへ要望していたチーズ、ハム、ソーセージ、パン、ワイン、ビールなどの職人も来日。牛、豚、羊、鶏や様々な種も沢山あった。
これも言い方ひとつで、広之はいずれ日本に貴国の人たちが沢山住む場合食生活を懸念します。願わくば不自由しないよう職人を派遣してください、と。
南方諸国の使者も各地の豚や鶏、種など沢山持ってきた。これで幸田家の食生活に新たなページが開かれる。
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