第206話 幸田広之、2度目の現代へ①

 沿海州、栄明、遼東へ大量の農民や漁民を送り出した後は現代書籍翻訳作業に没頭していた幸田広之である。しかし、またもや最強霊能者鬼墓亜依子から霊夢的なコンタクトを受けて、現代に引き戻される事となった。


 今回は現代で多少金目になりそうな景徳鎮の官窯で焼かれた宮廷向けの磁器(流出品)と金を3kg程持ち込む。換金できれば5千万円以上にはなるはずだ。犬神霊時の名義を借りて納税しても相当残るだろう。


 犬神霊時の祖父は風雲児系の大富豪である。犬神家にそのようなお宝が眠っていても怪しまれない。実際問題、犬神の祖父大吉が死去する間際、霊時は様々な骨董品、絵画、秘密の手帳などを託されていた。


 広之も手帳を見せて貰った事がある。大吉が政治家や官僚に渡した賄賂の金額、肉体関係のあった芸能人の名前など書き込まれてあった。肉体関係のあった芸能人は邦画黄金期の有名清純派女優、紅白出場歌手、人気アイドルなど目を疑うような名前が並んでいる。


 さて、約束の時刻に併せ、転移用の部屋へ移る。前回、鬼墓から渡された説明書の通りに作った部屋だ。小姓や女中には中庭の部屋へ籠もるから近づくな、と言ってある。今回は午前中の移動となっていた。  


 磁器と金の延べ棒を風呂敷に入れて抱えた広之は横になって鬼墓特製の呪物を握りしめる。程なくして意識が遠のき、目を開いた。鬼墓の他、犬神霊時、肉山298たちが居る。既に風呂敷が広げられ、298は金の延べ棒を握りしめてるではないか。

 

「おお、幸田君お目覚めだね」


「幸田氏、金を持ってきたでござるね」


「それK24だから。あとそこの磁器は15世紀の景徳鎮で宮廷用に焼かれたけど納入されなかったやつ。犬神さん換金よろしく」


「幸田君、かなりエグいもん持ってきたね。今回は医者行って悪いとこ診て貰いなよ。身分証明無しで診てくれる医者に話つけてあるから」


「今の時代、色々とうるさいはずですよね」

 

「確かに、うるさいよ。それでも金さえ払えば多少訳ありだろうと診てくれる人権派の医者は居るからさ。とりあえず幸田君は外国人って事にしてあるから、日系ペルー人か中国人の振りしてくれ」


「ぼ、僕のお爺さんとお婆さん、日本政府に捨てられた。満州や沖縄の同胞を見捨て、中南米へ自国民を棄民した日本政府許せない。工場町、毎日僕たち差別する。日本は日本人だけのものでない。ヘイト右翼は地獄の業火で焼かれろ……」


「その調子で成り切ってくれ」


 こうして、広之はクリニックへ行き、色々診てもらったが、特に悪いところはない。さらに歯医者で歯の治療を受ける。その後、持ってきた海外系のキャッシュカードが使えるか試す。難なく引き出せた。


 犬神は重役出勤で会社へ行っており、肉山と2人で遅めのランチを取る。某ステーキ屋に入り、2人揃ってリブロースを300g注文。


「やっぱ牛肉食いたいけど、あの時代の日本では牛や馬の飼育はコストが掛かりすぎるね。水も凄い飲むし。しかも、簡単に増えていかない。いや増えすぎても困るな」


「まあ人類が庶民でも牛肉食えるようになったのは割と最近でござるよ。土地で飼える頭数は限界あるし。フランスはともかく英国が強国になれたのは奇跡的……。よく、英国のメシは不味いっていうけど、南欧と比べるのは酷でしょう」


「やはり日本では近代まで牛肉は厳しいから漁業資源の枯渇だのいうけど、鰊や魚に頼るしかないね。鶏と豚は米ぬか、ふすま、おから、とうもろこし……。ある程度は行ける」


「北海道で日本中の小麦賄えるようになったら、他の地域で取れる小麦はサイレージ(乳酸発酵させる飼料)に回す事も可能かも。とうもろこしなんか寒冷地でのサイレージ用極早生品種もござるな」


「何よそれ……。聞き捨てならないな。そんなのあれば満州でもガンガン、豚育てられるじゃん。豚舎温める泥炭や石炭も取れてるし。298君のコネで品種調達及びサイレージ作る方法よろしく。乳牛は今夏にもイスパニア経由で来るし。それから、ついでといってはなんだけどブロイラーとレイヤーのヒヨコ頼むよ」


「何とかするでござるよ」


「やはり、牛乳とか蛋白質十分にして、日本人の平均身長を男性なら175cm位には何とか……」


「今、外地に行ってる日本人って何人位でござるか」


「25万人位だろうね。あと数年で50万人まで持って行くよ」


「50万で年に4%人口増えたら、300年すれば3億超えるなり」


「まあ、死ぬ人間の分勘定に入れると4%は無理だけど、50万人以上の数なら無理な数字じゃないかもね。何れにしろ国内では限界あるから海外で増やすしかないよ」


 出てきたステーキを素早く食べた2人は、書店やサウナへ行き、日が傾き始めた頃、新大久保の外れにある韓国料理屋で犬神零時と合流した。


 この店はナッコプセが美味い。ナッコプセはテナガダコ、海老、牛ホルモンの鍋だ。一見、ミスマッチにも思えるが、風味や食感が甘辛い味付けと合わさり、最高の味わいだ。ご飯と酒が止まらない。


 他に豆腐のヤンニョム煮、タッカンジョン、長葱のジョン、白い烏賊炒めなどが並ぶ。タッカンジョンは鶏の唐揚げを甘辛いソースで和えたものだが、ヤンニョムチキンとは異なる。骨付きでなく小さい。


 このお店のは揚げたトックと一緒に合わせ、3種のチーズがのっている。その上、韓国海苔を散らせて食べるというスタイルで、ソースはあっさりめ。あくまでおかずやつまみの類だ。


 長葱のジョンはネギの天ぷら風。白い烏賊炒めは本来甘辛い。しかし、青唐辛子のぶつ切りや青唐辛子辣油を使い見た目こそ赤くないが、本格的な辛さだ。


「どうよ、幸田君。辛いの好きだろ。でも、向こうの人間は本格的に辛いものなんか食えないから飢えてるよな」


「流石、犬神さん。よくご存知で。そろそろ仕込んだ郫県豆板醤で四川風の麻婆豆腐作りたいけど、他の人間食ったら死にますからね。そもそも、四川、朝鮮、タイの人間でもまだ辛い料理なんて食べないし。まあバンコクでは流行りつつあるようですけど」


「多分、幸田氏はCoCo壱の20辛食えるから、あの時代で最も辛さに強いはずでしょう」


「でも、啓蒙してるせいか、段々辛さに強くなってきてるね。五徳や浅井三姉妹も味付け次第では結構な辛さでも食えるよ。あと、女直の連中は隙あらばコーレーグースを入れまくる。市中では七味もよく売れてるし」  


「どうかな、この店のナッコプセは?」


「ホルモンの処理も完璧だし美味いですね。こりゃ、米と酒がいくらあっても足りませんよ。大久保の外れにあるせいか、料理美味いのに日本人ほぼ居ないし、ゆっくり出来て最高」


「職安通りでも明治通り側だし、日本語の表示少ないから不気味なんだろうな。この店、韓国とも少し違うアレンジしてるから向こうの人も評価割れるみたいだよ」


「犬神氏、このナッコプセって最後にご飯入れるやつでござるか」


「無論、そうだよ、といいたいとこだけど外れだね。最後にキムチ入れて煮詰め、ご飯の上にのせて韓国海苔てんこ盛り」


「めちゃくちゃ美味そう。初めから米出してくるの意味分からないでござる」


「何杯でも食わせる自信あるんだろうね。ちなみに、うちの編集部の若手で6杯食ったやつ居るよ。それはそうと、金と景徳鎮、両方行けそうだから。ただ、金は刻印無しだから鑑定に少し時間掛かるってさ。景徳鎮は爺さんが金貸した旧華族から譲り受けたって事にしてある」


「流石、犬神さんの人脈ですね。俺は口座どころか戸籍も除籍なので、換金出来た後は納税や運用含めてお任せしちゃっていいですか」


「うん、わかった。問題ないよ。ところでさえ、前回持ち帰った現代知識はどんな感じなんだい」


「エンフィールド銃の試作は何とかやりたいですね。大砲は鉄の製錬含めて時間掛かります。あと経度に関してはジョン・ハリソンのクロノメーターH-4を作ってる最中ですけど、月距法に用いる八分儀は完成して実用化出来ました。水銀温度計も量産体制で、全国で温度計測を始めてます。産業革命直前の機織機も大量生産中ですし」


「エンフィールド銃ヤバイな。そんなもん実戦で使われたら、ナポレオン軍でさえ壊滅するぞ」


「正直、もはや大名の存在意義とか無いですね。今のところ大名に海外派兵させてますけど、何れは織田家の兵だけで事足りますから……。ただの地方役人として武装解除しようかな、と。あと、銃と弾薬を海外から模倣される事を考えると、先ずは模倣する能力のない相手へ使いつつ、欧州勢と雌雄決する時、一気にカタ付けます。旧式の火縄銃は明、シャム、インドとかに売り付ければ、一石二鳥ですし」


「安土大阪時代、スゴイにも程あるでごさるな」


 金曜日の晩と言うこともあり、犬神は完全に飲む気満々で、この後も職安通りの朝までやってる韓国居酒屋へ移り、飲み明かした。


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