第35話 塩魚三昧の宴

 日が暮れ始めたとき、幸田広之の屋敷へ竹子、五徳、茶々、初、江たち5人衆が訪れた。


「急に呼び出すとは存外。まさか妾たちが暇だとでも思っておいでか……」


 そう言いつつ竹子は嬉しそうだ。過去、このパターンで外したことはない。大体、希少な食材が入った時などだ。主君差し置いて、その正室を招くというのも武家社会ではあり得ない話しではあるが……。


「お待ちしておりました。若狭より美味しい魚が届きましたもので。丁度食べごろでございます」


「五徳殿の旦那様は口が上手で敵わぬ」


「まだ決まった訳ではございませぬ」


 さっそく竹子と五徳が応酬している。5人がこたつ形式の囲炉裏に座ると塩鯖、塩鰤、塩引き鮭、鮭ハラスの麹漬けが串に刺され焼かれていた。鯖は1尾そのままを哲普が外で予め8分ほど焼いてある。


 そこへ、お初と他の女中がご飯、鰤大根、八丁味噌の豆腐汁、かぶの麹漬けを並べる。


「気取らずお召し上がりくださいませ」


「ほう、殿方がいくさで食すときよのう。武将にでもなったような気分じゃ」


 早く食いたいのか、初が骨無さそうなハラスを取って竹子へ差し出す。竹子は串を抜き箸で切り分ける。後ろに居たお初(女中のほう)が大根おろしをさっと出す。


「なんと、これほど美味な鱒は初めてじゃ。脂が少し下品ではあるが大根が消し去り、見事としか言いようないのう」


「そちらは鱒ではなく紅鮭と申します。鮭の腹あたりですな。それを麹に漬けてございます」


「左衛門殿、こちらの魚は何でしょう」


「五徳様、それは鰤です。成長によって呼び名が異なりまして武士のような魚ですな」


「まあ、縁起がよいのか、悪いのか分かりませぬなぁ」

 

 そう言いつつ茶々は塩引き鮭を少し食べ、ご飯を何口か運ぶ。近くに座っている江へ満面の笑みでアイコンタクトを送った。鰤大根を食べていた江は直ぐに塩引き鮭を取り、口に入れるや……。


「美味しい。これは鱒なんかと比べ物になりませぬ」


 鰤大根を食べていた竹子が一瞬止まる。いや全員動き止まり、妙な緊張感走った。五徳も竹子の横向いて笑いを堪えている。


「よろしかったら鯖もお召し上がりくださいませ。浜で塩を振り、藁に包み、若狭街道を2日掛からず運んできたもの。塩が染み込み丁度いい加減になっております」


「ほう、五徳殿のお父上が朝倉を攻めた際、京の都へ戻られた・・・・、あの若狭街道」


 五徳と浅井三姉妹の動きが一斉に止まる。すかさず反撃してくるあたり、流石は竹子だ。ちなみに茶々たち三姉妹はあくまで浅井家の人間。母の実家筋へ寄寓しているような状態と言える。


 茶々を側室にした秀吉も母お市の方や織田信長どうのより、浅井長政の娘という要素が大きかったのかも知れない。


 何しろ秀吉の周辺には浅井家や近江の出身者が多い。自身もかつて長浜を治めていた関係もある。京極竜子も美貌をよく言われる。


 しかし茶々と竜子は家臣対策のほうが可能性強いように思う。茶々と竜子を側室にして近江の武将を譜代の如く扱いたかったのかも知れない。


 竹子の放言で一瞬場が凍ったあと皆一斉に塩鯖を食べだす。流石にかじりつく者は居なかった。腹が開かれ、波打つように串が刺さっている。


 全員、促されるまでもなく、ご飯を猛烈に食べている。合間に蕪や味噌汁を挟みつつ……。5人ともパターンわかってきたらしく、お初にお茶を持ってこさせ最後は茶漬けにした。


 5人の勢いが鈍ってきたところで酒を熱燗で用意する。しかし皆、熱燗を待てずに梅酒を飲みつつ鰤大根や塩鰤を軽くつまみながら、いつもの如く酔って笑いはじめた。


 さらに熱燗を出す。このあと2時間ほど飲んで帰って行ったが、大広間では家臣たちも塩魚祭りを開催し、酒も入り、楽しそうに盛りあがっている。


 そのころ安土城で秀吉も細川藤孝が送ってくれた鮭を食べつつ改名するか悩んでいたのである。なにしろ丹羽の羽と柴田の柴田で羽柴だ(諸説ある)。しかし柴田は織田信雄を攻め滅ぼした後、自身も滅亡。


 あまり、いい気はしない。でも柴を取ると羽秀吉になってしまう。直ぐ滅びそうな国人大名っぽい名前だ。そもそも羽ばたきそうな感じがしない。


 柴の字を斯波にして羽斯波はどうか。公家みたいで洒落ている。都人にもてそうだ。藤孝の送ってきた本の光源氏みたいに……。木下に戻す手もあるが、羽を消すと角立つ。いや困ったのう。


 などと悩みが尽きない秀吉であった。

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